剥身むきみ)” の例文
「おい君も一つつて見ろ」と与次郎がはしつまんでした。てのひらへ載せて見ると、馬鹿貝の剥身むきみしたのをつけやきにしたのである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私とそでを合わせて立った、たちばな八郎が、ついその番傘の下になる……しじみ剥身むきみゆだったのを笊に盛ってつくばっている親仁おやじに言った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そんならモウこの剥身むきみに用は無いな。ハラショ。貴様達に呉れてやるから、そっちへ持って行って片付けろ……ナニ……。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのくせ鼻は丸く安座あぐらをかいていて小さい目は好人物というより、滑稽味こっけいみのある剥身むきみに似た、これもけんそんな眼だ。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
毛虫のはっているような一線のきず跡……しかもその右の眼は、まるで牡蠣かき剥身むきみのように白くつぶれているではないか!——ひさしぶりに丹下左膳。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこには店頭みせさき底曳網そこびきあみ雑魚ざこを並べたり、あさりやはまぐり剥身むきみを並べている処があって、その附近まわりのおかみさんが、番傘などをさしてちらほらしていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
今に残る日本銀行最初の赤煉瓦が左の橋詰、右方は江戸川通いの汽船発着所、橋を渡れば深川佐賀町の正米市場、一方は相川町から熊井町の漁師町、バカの剥身むきみがこの辺の名物。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
「あの小母さんなら馬道の鶏寺とりでらの近所にいるよ、剥身むきみ屋の二階だよ」
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「おい君も一つ食ってみろ」と与次郎がはしで皿のものをつまんで出した。てのひらへ載せてみると、馬鹿貝ばかがい剥身むきみの干したのをつけ焼にしたのである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
淺蜊あさりやア淺蜊あさり剥身むきみ——高臺たかだい屋敷町やしきまちはるさむ午後ごご園生そのふ一人ひとり庭下駄にはげた爪立つまだつまで、そらざまなるむすめあり。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
冠っている山高から、ボロ二重マント、穿いている長靴は勿論の事、その中に包まれている吾輩、鬚野房吉博士の剥身むきみに到るまで一切合財が天下の廃物ならざるはなし。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その斜向すじむこうに花屋があった。剥身むきみのように幅の広がった顔と体の妹と姉とがいた。二人がいるうちは花屋の店もよけいにぎやかに見えたが、馬喰町ばくろちょう郡代ぐんだい矢場女やばおんなになってしまった。
私たちが豆府や剥身むきみを買うように、なんでもなく使っていらっしゃるようだけれど、ぬりといい、蒔絵といい、形といい、大した美術品とやらなんですとさ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうだっけ、小僧の一人、亀吉は剥身むきみ売りだったのだ。
勿体なくも、朝暗いうちから廊下敷居を俯向うつむけにわせて、拭掃除ふきそうじだ。鍋釜なべかまの下をかせる、水をくませる、味噌漉みそこしで豆府を買うのも、丼で剥身むきみを買うのも皆女房の役だ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きらずに煮込んだ剥身むきみは、小指を食切るほどのいきおいで、私も二つ三つおすそわけに預るし、皆も食べたんですから、看板のしこのせいです。幾月ぶりかの、お魚だから、大人は、坊やに譲ったんです。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この裏を行抜ゆきぬけの正面、霧のあやも遮らず目の届く処に角が立った青いもののちらばったのは、一軒飛離れて海苔粗朶のりそだの垣を小さく結った小屋でく貝の殻で、その剥身むきみ屋のうしろに、薄霧のかかった中は
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)