俯仰ふぎょう)” の例文
首を回らして過去を顧みるとき、私は俯仰ふぎょう天地にずる所なく、今ではいつ死んでも悔いないだけの、心の満足を得ている積りだ。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
それあ話してもえ。吾輩としては俯仰ふぎょう天地にじない事件で首を飛ばされたんだから、イクラ話しても構わんには構わんが、しかしだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すべて本来の持ち味をこわさないことが料理の要訣ようけつである。これができれば俯仰ふぎょう天地てんちずるなき料理人であり、これ以上はないともいえる。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
乗り合いは前後に俯仰ふぎょうし、左右になだれて、片時へんじも安き心はなく、今にもこの車顛覆くつがえるか、ただしはその身投げ落とさるるか。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妻これに向って我聞く、犬の白きは前世人たりしと、汝く我を送り帰さんかと、犬俯仰ふぎょうして命を聴くごとし、すなわち糧を包みこれに随う。
「奉別の時、官吏坐に満ち、言発すべからず。一拝して去る。今やすなわち地を隔つる三百里、つね鶴唳かくれい雁語がんごを聞き、俯仰ふぎょう徘徊はいかい自からあたわず」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
両性の交際を厳にして徹頭徹尾潔清けっせいの節を守り、俯仰ふぎょう天地にずることなからんとするには、人生甚だ長くしてその間に千種万様の事情あるにもかかわらず
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「一して、風を断てば、剣は啾々しゅうしゅうと泣くのだ。星いて、剣把けんぱから鋩子ぼうしまでを俯仰ふぎょうすれば、朧夜おぼろよの雲とまがう光のは、みな剣の涙として拙者には見える」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それで俯仰ふぎょう天地にじないと思っている。会社の一課長だ。孔子様のように一世の師表をもって任じているのでない。つい目をかけるから、小柴さんとは交渉が多い。
四十不惑 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
これは総後見たるわしが俯仰ふぎょう天地に断言してはばからん、武藤の権右衛門は男だでのう
余は曙覧を論ずるにあたりて実にその褒貶ほうへんに迷えり。もしそれ曙覧の人品性行に至りては磊々落々らいらいらくらく世間の名利に拘束せられず、正を守り義を取り俯仰ふぎょう天地にじざる、けだし絶無僅有きんゆうの人なり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
内に省みてやましからず、自ら反してなおきもまたこの物にして、乃ち天地に俯仰ふぎょうして愧怍きさくするなく、これを外にしては政府教門の箝制する所とならず、これを内にしては五慾六悪の妨碍ぼうがいする所とならず
極めて科学的な、絶対に誤魔化ごまかしの無い俯仰ふぎょう天地に恥じざる真実の記録と信ずる次第で……御座います……かね……ヤレヤレ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「正しい! おれは寸毫すんごうも、あの試合において、卑劣はしていない。……俯仰ふぎょうして恥じるところはない」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然れば則ち二人の者の罪、上は天子の明勅に違い、下は幕府の大義をそこない、内は列侯士民の望にそむき、外は虎狼ころう渓壑けいがくの欲をかしむ。極天窮地、俯仰ふぎょう容るるなし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
然るに内行を潔清に維持して俯仰ふぎょうずる所なからんとするは、気力乏しき人にとりて随分一難事とも称すべきものなるが故に、西洋の男女独り木石ぼくせきにあらずまた独り強者にあらず
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
尊王攘夷そんのうじょういを奉じる士気はさらにふるい、たとえ、一時は脱藩だっぱんの汚名をうけても、やがては藩侯へ赤誠もとどくものと——彼の胸中には俯仰ふぎょうして恥じる何ものもなかった。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯の百文ひゃくもんも借りたることはないその上に、品行は清浄しょうじょう潔白にして俯仰ふぎょう天地にはじずと云う、おのずからほかの者と違う処があるから、一緒になってワイ/\云て居ながら、マア一口ひとくちに云えば
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
俯仰ふぎょう天地に恥じないというわけにはいかないんですね。で、これのできない親鸞ですから、非常に苦しんだのです。そして京都の六角堂へ叡山から百夜通ったというんです。
親鸞聖人について (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城太郎のその答えは俯仰ふぎょう天地に恥じないといったような語気を持っていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、俯仰ふぎょう天地に恥じないように、大きな声で、呶鳴った。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)