俄雨にわかあめ)” の例文
はじめて法隆寺を訪れた日は、俄雨にわかあめの時折襲ってくる日で、奈良の郊外は見物人も少くひっそりと静まりかえっていた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
元々村へ出るには、沢辺さわべまで降りて、沢伝いに里へ下るのだから、俄雨にわかあめで谷が急にいっぱいになったが最後、米など背負しょって帰れる訳のものでない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひょっとして、霹靂へきれき一声、俄雨にわかあめが来たあとは、たちまち晴れて、冴え冴えした月影が心の空に磨き出るのであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さきに言うのを忘れたが、俄雨にわかあめに降られて私たちの逃げこんだ常設館ニュウ・ギャラリイのスクリインに、ショウの「物を云う映画テレヴィジョン」がうつっているのだ。
うららかさも長閑のどかさも、余りつもって身に染むばかり暖かさが過ぎたので、思いがけない俄雨にわかあめ憂慮きづかわぬではなかった処。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌十五年一月号の「苦楽」へは、生まれてはじめて自作自演落語と題して「法界坊と俄雨にわかあめ」を発表した。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
俄雨にわかあめがあり、夫は、リュックを背負い靴をはいて、玄関の式台に腰をおろし、とてもいらいらしているように顔をしかめながら、雨のやむのを待ち、ふいと一言
おさん (新字新仮名) / 太宰治(著)
俄雨にわかあめが大いに降ると、思いもよらない処に臨時の河が出来るので、交通に不便を来たすことが往々ある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あめほうはただ一人ひとり竜神りゅうじん仕事しごとじゃった。そなた一人ひとりめにらせたまでの俄雨にわかあめであるから、したがってその仕掛しかけもごくちいさい……。が、かみなりほうはあれで二人ふたりがかりじゃ。
板屋根をさしかけたほッたて小屋,これは山方の人たちが俄雨にわかあめに出遇ッた時、身をかくすのがれ場所で,正面には畳が四五畳、ただしたたというもみのないほどのきたならしいやつ
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
その食慾は、穏やかな木の葉簇はむら俄雨にわかあめが降りそゝぐやうな音が彼等の顎から起る位に荒い。その室には実に無数の虫を容れてあるのだ。幼虫は四週間から五週間の間育つて行く。
ここは村から一番奥の焼畑で、あまりに離れているので、畑仕事の最中の俄雨にわかあめに逃げ込むため、また日の短い時分、泊りがけに農事をするためにこしらえた粗末な建物にすぎない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
そんな間食をしたりすることもここでは遠慮なくできる中将であったから、おりから俄雨にわかあめの降り出したのにも出かけるのをとめられて尼君となおもしみじみとした話をかわしていた。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
いつも俄雨にわかあめがあると、蘆屋じゅうの自動車が引っ張りだこになるので、貞之助の注意で直ぐに電話をして置いたのであるが、三人の身支度が出来上って、五時十五分が二十分になっても
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
空巣あきすねらいの事はさて置き、俄雨にわかあめの用心には外出のたびごとに縁側と窓の雨戸をしめて帰るとまたそれをあけなくてはならない。むかしから雨戸と女房に具合の好いものはないということわざがある。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三時に俄雨にわかあめがあり、いくらか、涼しくなった。
二十日の午後、俄雨にわかあめがあった。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
慌てる紋は泡沫あぶくのよう。野袴のばかますそ端折はしょって、きゅうのあとを出すのがある。おお、おかしい。(微笑ほほえむ)粟粒あわつぶを一つ二つとかぞえて拾う雀でも、俄雨にわかあめには容子ようすが可い。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小夜具こよぎかぶって、仁王だち、一斗だるの三ツ目入道、裸の小児こどもと一所になって、さす手の扇、ひく手の手拭、揃って人も無げに踊出おどりいだした頃は、俄雨にわかあめを運ぶ機関車のごとき黒雲が、音もしないで
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きちがい日和びより俄雨にわかあめに、風より群集が狂うのである。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)