伽羅きやら)” の例文
伽羅きやら大盡磯屋いそや貫兵衞の凉み船は、隅田川をぎ上つて、白鬚しらひげの少し上、川幅の廣いところをつて、中流にいかりをおろしました。
その拍子に、伽羅きやらの油のにほひが、ぷんと私の鼻を打つた。舟の中に、女がゐる——その位な事は、土手の上から川を見下した時に、知つてゐた。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
れがためいろならずきみにおくれてかゞみかげあはおもてつれなしとて伽羅きやらあぶらかをりもめずみだ次第しだいはな姿すがたやつれる
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
紫檀したんや、黒檀こくたんや、伽羅きやら肉桂にくけいなぞを送つてゐたものだが、その後、日本の鎖国の為に、帰国出来なくなつた日本人が、此の地に同化した様子で、墓碑の表なぞに
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
見られ其方手元に之有し伽羅きやら一兩目餘入たる金の香箱かうばこは細川越中守方より訴へに及びし紛失ふんじつの品なり其方如何して所持しよぢ致せしや有ていに申せと云はれしかば九助はかうべ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あまつさへ今迄の住居に比べて、こゝは蚊も少なく、余りにやかましかりし蛙の声もなく、畳もふすま障紙しやうじも壁も皆新しくて、庭には二百年も経ぬらしと思はるゝ伽羅きやらの樹あり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
蜘蛛くも塵埃ほこり乞食こじきの頭のやうにボサ/\と延びた枝や——その中でも、金目な大きな伽羅きやらの丸い樹はいつか持つて行つたと見えて、掘つたあとが大きくそこに残つてゐた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
先程さきほどから萬屋よろづや主人あるじは、四でふかこひ這入はいり、伽羅きやらいてかうを聞いてりました。
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
うたたねの御枕あまたさふらふなりかひなも伽羅きやらの箱も鼓も
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
伽羅きやらまじり消えする黒蒸汽くろじようきふえうめける。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
伽羅きやら立ち馨る閨の戸に
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
「有難いツ、伽羅きやら大盡の果報にあやかつてそれでは頂戴仕るとしませうか、——おつと散ります、散ります」
「富岡さん、本当の伽羅きやらの木を御覧になつた事がありますか?」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
「兄貴の磯屋の身代を、どれだけくすねたか解りやしません。近頃磯屋の身上がゆがんで、伽羅きやら大盡の貫兵衞は首も廻らないのに、菊次郎だけは、大ホクホクだ」
「香木のある穴だ。伽羅きやらだか、沈香ぢんかうだか知らないが、とにかく、名香をしまつてある穴だ。來い、八」
「外でもございません——研屋五兵衞の遺書に伽羅きやらの匂ひの浸み込んで居たことを御存じでせうか」
盜賊は入りませんかと——いや待て/\——大名屋敷に伽羅きやら沈香ぢんかうがあるのは不思議はないが、大名が町家の子供を五人もさらつて行く道理はない——それにお新の弟の信太郎は
「向柳原から、鎌倉河岸までわざ/\伽羅きやらの油を買ひに行くのか、お前は?」
「後では——二度目に戻つて來たときは、伽羅きやらの油の匂がしたと言つた筈だ」