仄明ほのあか)” の例文
成信は間もなく眠ったらしい、誰かゆり起す者があるので眼をさますと、障子が仄明ほのあかるくなり、すぐ側にさっきの男が立っていた。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その仄明ほのあかりを頼りにして、針葉樹帯の小道から二つばかりの丘を越えてダラダラと下りて来ると、目の前は広い山芝の平地です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しぶきが頬桁ほおげたなぐり、水が手足をぎとろうとする、刻々に苦しくなってゆく波に、ふと仄明ほのあかりにただよっているボートが映る。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
これらはすべて、暗黒の中で取行われたが、そのうちにまた、仄明ほのあかるい光りが差した。それはどうやら太陽の光りではなく、電灯の光りのようであった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
虎狼の宮のここ内陣の灯火ともしびの光仄明ほのあかるい中に、一段高い段の上へ、どっかと腰を掛けたまま残忍の白眼をギラギラ輝かせ、彼は嘲笑あざわらっているのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子どもの井戸替への夕、あの蝙蝠ものぞくかと見た井戸の底の落付いた仄明ほのあかるい世界はいまどこにあるであらう。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
街は雪解けで仄明ほのあかるい街のネオンサインが間抜けてみえる。かりの名をまず淀君よどぎみとしようか。蝙蝠こうもりのお安さんとしようか……。左団次の桐一葉きりひとはの舞台がまぶたに浮かぶ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
船員達の素人芝居しろうとしばいがあるというので、みんな一等食堂に行き、すっかりがらんとしたあとぼくがツウリスト・ケビンの間を歩いていますと、仄明ほのあかるい廊下ろうかはずれに、月光に輝いた
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
往来へのとっつきの硝子雨戸ガラスあまどが、鉄橋の電燈の余映で仄明ほのあかるかった、いつも見るのだったが、今夜はそれがわけて際立って仄明るかった感じであったが、その腰硝子を横の方へ
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
山道ががくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱はえみだれ、どくだみの香深く、あざみすさまじく咲き、野茨のばらの花の白いのも、時ならぬ黄昏たそがれ仄明ほのあかるさに、人の目を迷わして
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
矢矧やはぎ川の水が広く見えて来た。ここへ出ると、夜明けのように仄明ほのあかるかった。編笠のふちに、川風がびゅっと鳴って行く。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
周防の従者が、合羽で包んで提灯ちょうちんを持っていた。その、合羽からもれる仄明ほのあかるい光のなかで、周防がじっと甲斐を見た。甲斐はその眼を避けながら云った。
しかも今までにまだ覚えたことのない仄明ほのあかるいものを共通に感じつゝ、眼はうつろに、鸚鵡籠おうむかごの底に、片翅かたばね折り畳めないでうづくまつてゐる小動物に向けてゐた。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
仄明ほのあかるい十畳の部屋があった。隣り部屋から漏れる燈が部屋を明るくしているのであった。弓之助はその部屋へはいった。隣り部屋の様子を窺った。やはり誰もいないらしい。思い切って襖を開けた。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ふる茅葺門かやぶきもんを出ると、道はすぐ湖畔の街道に出る。諏訪湖の西空にはまだ残照が仄明ほのあかるい。内蔵助利三は、街道の彼方へしばらく眼をすましていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼のまえの仄明ほのあかるい川波の中から、幸太がうかびあがってこっちへ来るようだ、ぶっきらぼうなようすで、しかしかなしいほど愛情のこもった眼で、おせんをみつめながら、——そうだ
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その反映が箱崎川の枝河えだがわにまで射し込んで、脚の高い女橋のくいの裏まで仄明ほのあかるく見えたかと思いますと、守宮やもりのように、橋の裏に取ッ付いていた二人の男が
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何よりはさきに氏神に祈願し、愛宕権現あたごごんげんに参詣いたしたい。まだ夕方の仄明ほのあかるい間に」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
外の板の間は氷のようだが、障子の内は、炬燵こたつの火と酒のにおいに、仄明ほのあかるい朱骨しゅぼね丸行燈まるあんどんの灯が照って、そこにいるお稲の身のうごきにも春の晩のようなぬるい空気が部屋にうごく。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と——暁方の仄明ほのあかりをひそやかに忍び寄って来た何者かが、縁の隅から様子をうかがって
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜に入っても、びょうとして、仄明ほのあかるかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)