“險(けは)” の例文
新字:険
軈てお八重も新太郎に伴れられて歸つて來たが、坐るや否や先づ險(けは)しい眼尻を一層險しくして、凝(ぢつ)と忠太の顏を睨むのであつた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
總體にお人形のやうに整つた顏は、少し險(けは)しげではありますが、打ち解けた優しい言葉遣ひと共に、八五郎をタジタジとさせるには充分でした。
ミラア先生は、その時この室にゐたたつた一人の先生で、彼女をとりまいて立つてゐる大きい生徒の群(むれ)は、眞面目な險(けは)しい顏付で喋舌(しやべ)つてゐた。
父(とう)さんも馬籠(まごめ)のやうな村(むら)に育(そだ)つた子供(こども)です。山道(やまみち)を歩(ある)くのに慣(な)れては居(ゐ)ます。それにしても、『みさやま峠(たうげ)』は見上(みあ)げるやうな險(けは)しい山坂(やまさか)でした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
二人の眼は險(けは)しく先にゆく少女の影と、行きすぎたお葉の姿を見くらべた後、彼等の心は少しの動搖も起さず、平和に道を歩いて行つたのであつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
險(けは)しきを行くこと夷(たひらか)なる如き筆力、望み瞻(み)る方嚮(はうかう)に從ひて無遠慮なるまで肢體の尺を縮めたる遠近法は、個々の人物をして躍りて壁面を出でしめんとす。
茶代拔きにして丁度五十錢ほど足りなかつた。私は帽子を脱いだ。そして五十錢銀貨二枚を婆さんの掌に載せた。載せながら婆さんの眼の心底(しんそこ)から險(けは)しくなつてゐるのに驚いた。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
だから私(わたくし)は腹(はら)の底(そこ)に依然(いぜん)として險(けは)しい感情(かんじやう)を蓄(たくは)へながら、あの霜燒(しもや)けの手(て)が硝子戸(ガラスど)を擡(もた)げようとして惡戰苦鬪(あくせんくとう)する容子(ようす)を、まるでそれが永久(えいきう)に成功(せいこう)しない事(こと)でも祈(いの)るやうな冷酷(れいこく)な眼(め)で眺(なが)めてゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
日は暑しのぼり險(けは)しき坂なかば築石垣(つきいしがき)のこほろぎのこゑ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
あの險(けは)しくも白眼(しろめ)をした雪もよひの空
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
圖するところはヂドに扮したるアヌンチヤタが胸像なりき。氣高(けだか)く麗(うるは)しきその面輪(おもわ)、威ありて險(けは)しからざる其額際、皆我が平生の夢想するところに異ならず。
喜三郎の死顏は、水死人といふにしては、曾(かつ)て平次が經驗したことのない險(けは)しい表情をして居るのです。
險(けは)しくなつてゐるか見ようと、主人の顏を見つめるのが常であつたが、この頃のやうにいつも變らず曇りなく、また邪惡(じやあく)な感情のなかつたときがあつたことは、思ひ出せなかつた。
唯だ焚くことの遲かりしこそ恨なれ。姫。否々、われは世の人の心の險(けは)しきを憶(おも)ひ得たり。靜かなる尼寺の垣の内にありて、優しき尼達に交らんことの願はしさよ。われ。
お六の注意までもなく、途は本街道を遙(はる)かに外れて、次第に狹(せま)く、次第に險(けは)しくなりました。
幾度それが威赫(ゐくわく)と憎惡をもつて私を睨んだことだらう! そして今その險(けは)しい輪廓を眺めた時どんなにか子供の頃の恐怖と悲哀の追憶が甦つて來たことだらう! でも私は身を屈(かゞ)めて彼女に接吻した。
喉笛にはまだ匕首を突立てたまゝ、顏の險(けは)しさに似ず、血はあまり出てをりませんが、多分一突きで死んだ爲でせう。平次はそつと布をかけて、ひとわたり部屋の中を見廻しました。
一瞬(しゆん)、傳助の顏は險(けは)しくなりました。