かん)” の例文
船の揺れはますます激しく、私のいわゆる王様のベッドの洋銀の欄干、網棚、カーテンのかんなどは、しっきりなく音を立てて鳴った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
今も、ぽつねんと、彼は箪笥たんすかんに倚りかかっていた。炬燵ごたつをした膝の上には、五ツくらいな女の子が、無邪気な顔して眠っている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぽん太というのは蚊帳かやを着物に仕立て直し、その蚊帳の四隅のかんを紋の代わりに結いつけてすましていた変わり者だった。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
幽霊の腰のかんに引っ掛けて結ぶはずだったが、どう間違えたか、幽霊になった左太松の首へ引掛けて結んでしまった、——恐ろしくそそっかしい野郎で。
馬に乗るためのかんと〆緒のついたかのくつだけが、彼を公家武官の一人として、雑色ぞうしき(下男)どもと区別していた。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
しかし私は事実のつながりを詳しく述べているのであって、——一つのかんでも不完全にしておきたくないのである。火事のつぎの日、私は焼跡へ行ってみた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
職人を増し、灯を明るくして、カラン、カン、カン、カランカンカンと、鼈甲を合せる焼ゴテのかんを、特長のあるたたきかたで、鋭く金属の音を打ち響かせている。
そこまで来ると、頭上の格の中から、歯ぎしりのような鐘を吊したかんきしりが聞え、振動のない鐘を叩く錘舌クラッパーの音が、狂った鳥のような陰惨な叫声を発している。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかしその鎖のかんはたえず切れて、思い出は週や月……をまたぎ越してたがいにつながり合う。
紅の襞は鋭い線を一握ひとにぎりの拳の中に集めながら、一揺れ毎にかんを鳴らしてすべり出した。彼はまくらを攫んで投げつけた。彼はピラミッドを浮かべた寝台の彫刻へ広い額をこすりつけた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
奥の方のは見本でしょうが、こぶしほどもある大きな玉を繋いだのが掛けてあり、前の方には幾段かのかんに大小の数珠が幾つも並べて下げてあります。その辺まで鳩が下りています。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そんな事で、かえって岡村はどうしたろうとも思わないでいる所へ、蚊帳かやの釣手のかんをちゃりちゃり音をさせ、岡村は細君を先きにして夜の物を運んで来た。予は身を起してこれを戸口に迎え
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
またこのかんにはーとがたなどのこまかいかざりがぶらさがつてゐる、立派りつぱ耳飾みゝかざりが時々とき/″\ることがありますが、これは南朝鮮みなみちようせん古墳こふんからたくさん發見はつけんせられるもので、朝鮮風ちようせんふうのものといふことが出來できます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
定斎屋じょうざいやかんの音だの、飴屋のチャルメラだの、かんかちだんごのきねの音だの、そうしたいろいろの物音が、幾年月を経たいまのわたしの耳の底にはッきりなお響いている——それらの横町を思うとき
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
カケガネのかんは板戸にチャンとついている。
耳朶みみたぶにして、お蔦は、外へ出て行った。すぐ、隣家となりの格子が鳴り、がたぴしと、壁越しに、箪笥たんすかんの音があらっぽく聞こえてくる。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
キリキリキリと帆綱のかんが鳴る。大海の暗黒の、風の、浪の響が、そうそうとして、急に凄く高まった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
自分の長靴ながぐつ爪先つまさきを、ばらばらの土のなかに半分埋まっていた大きな鉄のかんにひっかけたのだ。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
彼は大きな声で呼んでは支那人に聞かれる心配があったので、間断なく取手のかんをこつこつと戸へあてた。すると、しばらくしてから、火を消した家の中の覗き口がかすかに開いた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
軽いせきがこみ上げてきた。細ッそりとした肩のあたりで箪笥たんすかんが揺さぶれる。と、二ツ三ツむせびながら、お米は小菊紙こぎくを出して口を押さえた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帆綱の影、しおじみた欄干てすりの明り、甲板の板の目、かんのきしり、白い飛沫しぶき、浅葱いろの潮漚しおなわ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
狼藉ろうぜきに取り散らかされたものの中に、お吉が箪笥のかんによりかかって、ほつれ毛もかき上げずに、いつまでも今の口惜しさにおののいていた——が、気丈な女、泣いてはいない。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわば、自分は、鎖の中の一つのかんだ、ここで、びてはならないと思う。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)