起直おきなお)” の例文
たちまち格子戸につけた鈴の音と共に男の声のするのを聞きつけて耳をすますと、思いがけない清岡の声なので、君江はびっくりして起直おきなおった。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かれはどっかりすわった、よこになったがまた起直おきなおる。そうしてそでひたいながれる冷汗ひやあせいたが顔中かおじゅう焼魚やきざかな腥膻なまぐさにおいがしてた。かれはまたあるす。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「先生、永々の御介抱、甚太夫かたじけなく存じ申す。」——彼は蘭袋の顔を見ると、とこの上に起直おきなおって、苦しそうにこう云った。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と声をかけた美女たおやめ起直おきなおった。今の姿をそのままに、雪駄せったは獅子の蝶に飛ばして、土手の草に横坐よこずわりになる。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明智はそう云って、大丈夫だということを示す為に、ソファの上に起直おきなおって、真直に腰かけて見せた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一日一日と幽里子は健康を回復して、二週間目にはもうベッドの上に起直おきなおっておりました。
私はとこの上に起直おきなおって見ていると、またポッと出て、矢張やっぱりおくの方へフーと行く、すると間もなくして、また出て来て消えるのだが、そのぼんやりとした楕円形だえんけいのものを見つめると
子供の霊 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
が、見れば和尚も若僧もわが枕辺にいる。何事が起ったのか、その意味は分らなかった。けげんな心持がするので、とみには言葉も出ずに起直おきなおったまま二人を見ると、若僧が先ず口をきった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
痩骨やせぼねのまだ起直おきなおる力なき 邦
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
或者は裾踏み乱したるまま後手うしろでつきて起直おきなおり、重箱じゅうばこの菓子取らんとする赤児あかごのさまをながめ、或者はひと片隅かたすみの壁によりかかりて三味線をけり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お鳥は起直おきなおると、必死ひっしと、郷太郎の裾にからみ付きました。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
純綿の一声ひとこえに、寝ている踊子も起直おきなおって、一斉に品物のまわりに寄集よりあつまる騒ぎ。廊下を歩み過ぎる青年部の芸人の中には、前幕の化粧を洗いおとしたばかり。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
愚僧は地上に落ち候まゝ、ほとんど気絶も致さむばかりにて、ようや起直おきなおり候ものゝ、烈しく腰を打ち、その上片足をくじき、ばいになりて人知れず寝所しんじょへ戻り候仕末。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)