せま)” の例文
保さんと游さんと墨汁師とである。そして游さんは湮滅いんめつの期にせまっていた墓誌銘の幾句を、図らずも救抜してくれたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
百里の遠きほかから、吹く風に乗せられてかすかに響くと思うに、近づけば軒端のきばれて、枕にふさぐ耳にもせまる。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
爺いさんが又ドルフにせまつた。「ドルフ。お主がはいらんと云へば、死ぬるまでだ、己がもう一遍はいる。」
猶此他にも、研究すれば研究するに從つて、春が大なる季節の流行といふ力を背後うしろにして吾人にせまるところのものは、決して少く無いことを見出し得るであらう。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
𤢖わろか。」と、の刹那に市郎はたちまちに悟ったが、敵が余りに近くせまっているので、火をける余裕が無い。彼は右の足を働かして強く蹴ると、敵は足下あしもとに倒れたらしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ひさし人気ひとけの絶えたりし一間のさむさは、今にはかに人の温き肉を得たるを喜びて、ただちにまんとするが如くはだへせまれり。宮は慌忙あわただしく火鉢に取付きつつ、目を挙げて書棚しよだなに飾れる時計を見たり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
力一ぱい己にせまって来たファウストはどこにいる。495
おそる日西山にせまって愁阻を生じ易きことを
愛卿伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そろそろ夕景がせまつてきて
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
異象の秋にせまるもの
逸見猶吉詩集 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
もし時務の要求がようやく増長しきたって、強いて学者の身にせまったなら、学者がその学問生活をなげうってつこともあろう。しかしその背面には学問のための損失がある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
燕兵もと勇にして毎戦毎勝す。庸の軍を見るや鼓譟こそうしてせまる。火器でんごとくに発し、毒弩雨の如く注げば、虎狼鴟梟ころうしきょう、皆傷ついて倒る。又平安へいあんの兵の至るに会う。庸ここに於て兵をさしまねいておおいに戦う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
汝達我にせまる。さらば好し。もやと霧との中より5
かみに病弱なる将軍家定を戴き、ほかよりは列強の来りせまるに会しても、府城のもとに遊廓劇場の賑つたことは平日の如く、士庶の家に飲讌等の行はれたことも亦平日の如くであつただらう。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)