葉蘭はらん)” の例文
取り上げて、障子しょうじの方へ向けて見る。障子には植木鉢の葉蘭はらんの影が暖かそうに写っている。首をげて、のぞき込むと、もくの字が小さく見える。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、直ぐ金剛石のことを思い出すと裏へ廻って行って、夕闇ゆうやみの迫った葉蘭はらんの傍へうずくまって、昼間描いておいた小さい円の上を指でっとおさえてみた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
コンクリートの階段と手摺てすりとがあり、階段の上がり口には蘇鉄そてつや寒菊や葉蘭はらんなどの鉢が四つ五つ置いてあった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
捨吉が水を打つ度に、奥座敷に居る人達は皆庭の方へ眼を移した。葉蘭はらんなぞはバラバラ音がした。れた庭の土や石はかわいた水を吸うように見る間に乾いた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「その折りのまんまでね」芳造はいそいで話をそらした、「皿へのっけて蒸すんだって、葉蘭はらんが敷いてあるから、蒸しあがったら折りから出さずに、喰べるんだそうです」
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
母家おもやから別れたその小さな低い鱗葺こけらぶきの屋根といい、竹格子の窓といい、入口いりくちの杉戸といい、殊に手を洗う縁先の水鉢みずばち柄杓ひしゃく、そのそばには極って葉蘭はらん石蕗つわぶきなどを下草したくさにして
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
旧幕のころであった。江戸の山の手に住んでいるさむらいの一人が、某日の黄昏ゆうぐれ便所へ往って手を洗っていると手洗鉢ちょうずばちの下の葉蘭はらんの間から鬼魅きみの悪い紫色をした小さな顔がにゅっと出た。
通魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
背後うしろは森で、すぐに、そこに、墓が、卒塔婆そとばが、と見る目と一所に、庵の小窓に、少し乱れた円髷まるまげの顔がのぞいて、白々と、ああ、藤の花が散り澄ますと思う、窓下の葉蘭はらんに沈んで
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沢崎は席に就く前に、薄端うすばた未生みしょう流らしいめ方をした葉蘭はらんけてある床の間を向いてひざまずき、掛軸の書を丹念に打ち眺めている様子であったが、幸子と雪子とはそのすきに彼の後姿へ眼をった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すぐ眼の下のみぎわ葉蘭はらんのような形をした草が一面に生えているが、その葉の色が血のように紅くて、蒼白い月光を受けながら、あたかも自分で発光するもののように透明に紅く光っているのであった。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
煤掃すすはきほこりしづまる葉蘭はらんかな 子規
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
袖垣そでがき辛夷こぶしを添わせて、松苔まつごけ葉蘭はらんの影に畳む上に、切り立ての手拭てぬぐいが春風にらつくような所に住んで見たい。——藤尾はあの家を貰うとか聞いた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこには葉蘭はらんが沢山えていたので、その一本の茎を中心に小さい円を描いておいた。彼は、こうしておけば直きに金剛石が大きくなるにちがいないと思われた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)