苦悩くるしみ)” の例文
旧字:苦惱
「お慈悲じゃ。」と更に拝んで、「手足に五寸釘を打たりょうとても、かくまでの苦悩くるしみはございますまいぞ、おなさけじゃ、禁厭まじのうて遣わされ。」
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
突然こなたに向きて、しからば問いまいらせん、愛の盗人もし何の苦悩くるしみをも自ら覚えで浮世を歌い暮らさばいかに、これも何かの報酬あるべきか。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そして人生のあらゆる苦悩なやみを克服することによって、苦悩くるしみのない浄土を、この世に、この地上に建設されたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
肉体の苦悩くるしみをうけるばかりでどうせ助かる見込のない者なら、その生存を止めて、楽にしてやる権利がある。僕は煩悶の結果、こう信ずるようになりました。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
私は夢中になって、人力車のうちの恐ろしい人物にむかって、自分の言ったことはみな事実であるから、今後自分を殺すような苦悩くるしみをゆるしてくれと、くりかえして訴えた。
天竜てんりゅう夜叉やしゃ乾闥婆けんだつばより、阿脩羅あしゅら迦楼羅かるら緊那羅きんなら摩睺羅伽まごらか・人・非人に至るまで等しくあわれみを垂れさせたもうわが師父には、このたび、なんじ、悟浄が苦悩くるしみをみそなわして
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
此世の中から見放された十兵衞は生きて居るだけ恥辱はぢをかく苦悩くるしみを受ける、ゑゝいつその事塔も倒れよ暴風雨も此上烈しくなれ、少しなりとも彼塔に損じの出来て呉れよかし
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
彼方あなたも在るにあられぬ三年みとせの月日を、きは死ななんと味気あぢきなく過せしに、一昨年をととしの秋物思ふ積りやありけん、心自から弱りて、ながらへかねし身の苦悩くるしみを、御神みかみめぐみに助けられて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あざむかれし「希望のぞみ」は泣き暴悪の「苦悩くるしみ
胴中の縄がゆるんで、天窓がつちへ擦れ擦れに、さかさまになっておりますそうな。こりゃもっともじゃ、のう、たっての苦悩くるしみ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だから『惑』という鈍い、重々しい苦悩くるしみから脱れるには矢張やはり、自滅という遅鈍ちどんな方法しか策がないのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この世の中から見放された十兵衛は生きて居るだけ恥辱をかく苦悩くるしみを受ける、ええいっそのこと塔も倒れよ暴風雨もこの上烈しくなれ、少しなりともあの塔に損じのできてくれよかし
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
だから釈尊は、人間の苦悩くるしみはどうして生ずるか、どうすればその苦悩を解脱することができるか、という、この人生の重大な問題をば、この「十二因縁」という形式によって、諦観たいかんせられたのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
その夜、丑満うしみつの鐘を撞いて、鐘楼しょうろうの高い段から下りると、じじいは、この縁前えんさき打倒ぶったおれた——急病だ。死ぬ苦悩くるしみをしながら、死切れないと云って、もだえる。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それならず手近な酒のことから話しましょう。貴様は定めし不思議なことと思って居るでしょうが、実は世間に有りふれたことで、苦悩くるしみを忘れたさの魔酔剤に用いてるのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「お慈悲ぢや。」と更に拝んで、「手足に五すん釘を打たれうとても、かくまでの苦悩くるしみはございますまいぞ、おなさけぢや、禁厭まじのうてつかはされ。」で、禁厭まじないとは別儀べつぎでない。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今日汽車の内なる彼女かれ苦悩くるしみは見るに忍びざりき、かく言いて二郎はまゆをひそめ、杯をわれにすすめぬ。泡立あわたつ杯は月の光に凝りて琥珀こはくたまのようなり。二郎もわれもすでに耳熱し気あがれり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
またどうも呻吟うめくのが、魘されるのとは様子が違って、くるしもがくといった調子だ……さ、その同一おなじ苦み掙くというにも、種々いろいろありますが、訳は分らず、しかもその苦悩くるしみが容易じゃない。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴様、運命の鬼が最もたくみに使う道具の一は『まどい』ですよ。『惑』はかなしみくるしみに変ます。苦悩くるしみを更に自乗させます。自殺は決心です。始終まどいのために苦んで居る者に、如何どうして此決心が起りましょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
阿鼻焦熱あびしょうねつ苦悩くるしみから、手足がはり、きりこまざいた血の池の中で、もだくるしんで、半ばき、半ば死んで、生きもやらねば死にもらず、死にも遣らねば生きも遣らず、うめき悩んでいた所じゃ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)