肉体からだ)” の例文
旧字:肉體
妻は可愛かわいくってかわいくってたまらないのである。しかるにその可愛い妻の肉体からだはみすみす浅ましくも強盗のために汚されてしまった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ところがこれが縁となって、お八重と主税とは恋仲となり、肉体からだこそ未だに純潔ではあれ、末は必ず夫婦になろうと約束を結んだのであった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
尤も亡くなつた上田敏博士などは、酒が肉体からだによくないのは判つてゐる。だが、素敵に精神の助けになるのは争はれない。
飲酒家 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
それからのちの私たち二人は、肉体からだ霊魂たましいも、ホントウの幽暗くらやみい出されて、夜となく、昼となく哀哭かなしみ、切歯はがみしなければならなくなりました。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三人は更に無意味に街を歩いて、歩き疲れて、観念あたま肉体からだも冷えきって、唯一杯の支那そばが食ひたくなった。
(新字旧仮名) / 原民喜(著)
花のようなかおを、鬼のように焼きこぼたれてから、のろわれた肉体からだに、呪われた心が宿ったのはぜひもありません。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最早お繁の肉体からだは腐って了ったろうか、そんな話が出る度に、私は言うに言われぬ変な気がした。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
井戸端に来ていつものやうに素つ裸かになつて骨つ節の太い肉附のひきしまつた自分ながら頼もしい皮膚の表面へ肉体からだをいたはりながら頭からつゞけざまに冷水を浴びる。
二人の男 (新字旧仮名) / 島田清次郎(著)
不図ふと、俺は気がついた、何といふ坐りざまだ、まるでおまへ肉体からだは白痴の女見たいにぶくぶくだねえ、だらしのない、どんなに暑くたつて、もつとチヤンと坐つておゐでなさい。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そなたもひと元気げんきして、るいてるがよい。病気びょうき肉体からだのもので、たましい病気びょうきはない。
明日にも自分が表から乗り込んで行って近江屋の身上を取返してやると言いながらあわよくばお艶の肉体からだを物にしようと企んでいることは、八丁堀にはとうの昔にわかっていた。
おんみの肉体からだは腐りはじめた
或る淫売婦におくる詩 (新字新仮名) / 山村暮鳥(著)
「おいらにさ、なんの目方がかかるもんかね? 目方のかかるのは、第一おいらの肉体からだかよ? おいらのからだはな、なあ若えの、秤にかけりゃ一匁だって掛かることじゃねえ。腕っぷしだよ、目方がかかるなあ、俺らの腕っぷしだよ——からだなんぞじゃねえ!」
尤も亡くなつた上田敏博士などは、酒が肉体からだによくないのは判つてゐる。だが、素敵に精神の助けになるのは争はれない。
私は、その時お宮と自分との間が肉体からだはわずか三尺も隔っていなくっても互いの心持ちはもう千里も遠くに離れているかたき同志のような感じがした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「対等でなければなりません。つまりあなたは金を出す。ところで人夫達や娘さん達はその代りに肉体からだ労働はたらきをする。対等でなければなりません」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……ホントウの事を云いますと、あの露子さんの顔を初めて見た晩に、三太郎君の魂は、よく眠っている三太郎君の肉体からだをソーッと脱け出して行ったのです。
(新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたしとあの人とは、しっくりと合います、わたしの醜いところが全く見えないで、わたしの良いところだけが、この肉体からだも心も、みんなあの人のものになってしまうのですから。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そう言えば、繁ちゃんの肉体からだは最早腐って了ったんでしょうねえ」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「こいつらア、金物の味を肉体からだに知りてえやつは前へ出ろっ!」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
酒といふものは、禁酒論者が言ふやうにまつたく肉体からだには良くないらしいが、その代り精神には利益ためになる事が多い。
「ああ、七年添寝をしていたあの肉体からだは、もう知らぬ間に他の男の自由になっていたのだ。ああもう未来永劫えいごう取返しのつかぬ肉体になっていたのか!」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
先刻さっきよりの乱闘に肉体からだ精神こころ疲労つかれ果てたらしい山岸主税は、立ってはいたが右へ左へ、ヒョロヒョロ、ヒョロヒョロとよろめいて、今にも仆れそうに見受けられた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
斯うして巨大おほきな種牛の肉体からだは実に無造作にほふられてしまつたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
せめて二人の肉体からだだけでも清浄きよらかでおりますうちに……。
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しなやかではあるがあらい手で私の全身からだじゅうさすっている。その快い触覚が疲労と苦痛とで麻痺している私の肉体からだいたわってくれる。私の意識は次第次第に恢復するように思われた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「でも君、肉体からだで稼ぐんぢやないか。」博士は冷やかに笑つた。「僕はそんな真似は厭だね。」
肉体からだも、厚味のある、幅の狭い、そう大きくなくって、私とはつりあいが取れていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼の肉体からだ精神こころも弱り果て、息絶え絶えであった。彼は塚の裾の岩へ縋り付いて呼吸を調えた。彼にとって道了塚は、罪悪の巣であり仕事の拠点であり悲惨惨酷の思い出の形見であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
少しは肉体からだの処々に冷たい感じをしながら、何という目的あてもなく、唯、も少し永く此の心持を続けていたいような気がして浮々うかうかと来合せた電車に乗って遊びに行きつけた新聞社に行って見た。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
肉体からだは余り達者では無く終始しよつちゆう肺病に苦しんでゐた。
精神こころもお肉体からだも健康なものです。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)