納豆なっとう)” の例文
周囲あたりは下町らしいにぎやかな朝の声で満たされた。納豆なっとう売の呼声も、豆腐屋の喇叭らっぱも、お母さんの耳にはめずらしいもののようであった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ごはん粒が納豆なっとうのように糸をひいて、口に入れてんでもにちゃにちゃして、とてもみ込む事が出来ない有様になって来ました。
たずねびと (新字新仮名) / 太宰治(著)
「したじゃございませんか——ほれ、剣山のふもと口の——あのむし暑い納屋倉なやぐらの中で、納豆なっとうみたいになりながら、いつまで、シクシクシクシクと」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
納豆なっとうにお醤油しょうゆをかけないで食べると声がよくなるといわれると、毎日毎日そればかりを食べて、二階借りをしていたので台所がわりにしていた物干しには
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ここは納豆なっとうを名産とする町でありますが、それよりも竹細工で名が売れてよいはずと思います。仕事に従事する者は大勢で、作られる品も様々であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こうちゃんは、おかあさんをたすけて、納豆なっとうったり、近所きんじょのお使つかいなどをしていたのに、このごろ、かおつきがわるい。ねえさんの病気びょうきがうつったのだろうというぜ。
草原の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
理髪所とこやの裏が百姓で、牛のうなる声が往来まで聞こえる、酒屋の隣家となり納豆売なっとううりの老爺の住家で、毎朝早く納豆なっとう納豆と嗄声しわがれごえで呼んで都のほうへ向かって出かける。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
納豆なっとう売りの云い草ではないが、ちょっと見たところ、こんなものはとても歯にかかりそうにもなく、おまけに下品な悪臭芬々として、いかにも顔をそむけたくなるが
突然おなか差込さしこみが来るなどと大騒ぎをするかと思うと、納豆なっとうにお茶漬を三杯もかき込んで平然としている。お参りに出かけるほか、芝居へも寄席よせへも一向いっこうに行きたがらない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
また一面から見れば、門附かどづけ談話はなしの中に、神田辺かんだへんの店で、江戸紫えどむらさきの夜あけがた、小僧がかどいている、納豆なっとうの声がした……のは、その人が生涯の東雲頃しののめごろであったかも知れぬ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
納豆なっとう 六一・八二 一九・二六 八・一七 六・〇九 二・八〇 一・八六
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
やはり灰白色の雲海うんかいだけである。雲の層に厚薄があるらしく、時々それがちぎれて、納豆なっとうの糸を引いたような切れ目から、丘や雑木林や畠や人家などが見える。しかしすぐ雲が来て、見えなくなる。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
園絵さんとやらを旨アくおびして、何でございましょう殿様、その、芝の源助町の、納豆なっとう、じゃアない、ヤットウの先生の神保造酒、無形一刀流の町道場、そこへ引っぱって行けあよろしいんで。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
納豆なっとう売りさ、毎朝麻布あざぶの十番まで行って仕入れて来ちゃあ白金の方へ売りに行ったんだよ、けどももう家賃が払えなくなったもんだから、おればっかり置いてけぼりにしてどこかへ逃げ出してしまったのさ」
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
私は、筋子すじこに味の素の雪きらきら降らせ、納豆なっとうに、青のり、と、からし、添えて在れば、他には何も不足なかった。人を悪しざまにののしったのは、誰であったか。
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
馬糧小屋まぐさごやの馬糧の中へ、二人は仰向けになって転がった。手と手だけはつないでいた。体が納豆なっとうのようにれて来ると、城太郎は物狂わしく小茶ちゃんの指へいきなり噛みついた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のしらしら明けに、小僧さんが門口かどぐちいておりますると、納豆なっとう、納豆——
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
観音堂かんのんどうへ念仏に見える町内のばばたちのためには茶や菓子を出し、稲荷大明神いなりだいみょうじんを祭りたいという若い衆のためには寺の地所を貸し与え、檀家だんかの重立ったところへは礼ごころまでの般若札はんにゃふだ納豆なっとう
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お膳にも、筋子すじこだの納豆なっとうだのついていて、宿屋の料理ではなかった。嘉七には居心地よかった。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)