物好ものずき)” の例文
それはこの年月幾度いくたびと知れず見馴みなれた上にも見馴れた街の有様ながら、しかしここに住馴れた江戸ッ児の馬鹿々々しいほど物好ものずきな心には
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は物好ものずきにもみずから進んでこのうしぐらい奇人に握手を求めた結果として、もう少しでとんだ迷惑をこうむるところであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其れが飄然ふはりとして如何いかにも容易たやすい。どの飛行機にも飛行家ピロツト以外に物好ものずき男女なんによの見物が乗つて居る。和田垣博士も僕も自然と気があがつて乗つて見たく成つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
僕の親父はあいつの子供の時分、香具師があんまり残酷に扱うのを見兼ねて、物好ものずき半分に買取ったのですが、一年二年とたつに従って、後悔しはじめたのです。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ええ、物好ものずきに試すって、呼んだ方もありましたが、地をお謡いなさる方が、何じゃやら、ちっとも、ものにならぬと言って、すぐにおめなさいましたの。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
九谷という村は、加賀の山中やまなかという温泉から、六、七里ばかりも渓流に沿って上った所にある山間の僻地へきちで、今でもよほどの物好ものずきでないと行けぬ位の山奥である。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
こういう男は随分世間にもあるもので、のようで俗で、俗のようで物好ものずきでもあって、愚のようで怜悧りこうで、怜悧のようで畢竟ひっきょうは愚のようでもある。不才の才子である。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ただ世間の食道楽者流酢豆腐すどうふたしなみ塩辛をむるの物好ものずきあらばまた余が小説の新味を喜ぶものあらん。食物の滋養分はくこれを消化してしかして吸収せざれば人体の用を成さず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
伝統的義侠と物好ものずきな江戸人の特色を多く含んでいた事や、気負いはだの養母に育てられた事や、芝居と小説の架空人物に自らをよそえた、偽りの生活を享楽している中に住んで、不安もなく
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
先刻より五兵衞へ尋問中たづねちうはらの中にて種々いろ/\考へ置し故文右衞門方より五ヶ月限りに受出うけいだすべき對談たいだんゆゑ其意に任せ約定仕つり候事に御座候も是なく候へば御定法通ごぢやうはふどほり八ヶ月の期限きげんに御座候と云ければ越前守殿微笑ほゝゑまれ然らば文右衞門は餘程物好ものずきと見えるしち
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
という委細のはなしを聞いて、何となく気が進んだので、考えて見る段になれば随分頓興とんきょう物好ものずきなことだが、わざわざ教えられたその寺を心当こころあてに山の中へ入り込んだのである。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「一体物好ものずきでこんな所へ入って来たお前さんは、怖いものが見たいのだろう。少々ばかりね。」
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしそのたんびに「物好ものずき」という言葉がどうしてもいっしょに出て来た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青い山から靄の麓へけ渡したようにも見え、低い堤防どての、茅屋かややから茅屋の軒へ、階子はしごよこたえたようにも見え、とある大家の、物好ものずきに、長く渡した廻廊かともながめられる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兄さんと私はさすがにそこへ浴衣ゆかたを投げてて這入はいる勇気はありませんでした。しかし湯の中にいる黒い人間を、岩の上に立って物好ものずきらしくいつまでも眺めていました。兄さんはうれしそうでした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし鷺の姿は、近ごろ狂言のながれに影は映らぬと聞いている。古い隠居か。むかしものの物好ものずきで、稽古けいこを積んだ巧者が居て、その人たち、言わば素人の催しであろうも知れない。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)