うわ)” の例文
うわついていた者が六助のかおを見ると、嘘ではない、ホントにお化けを見たような面をしているので、ちょっと茶化しにくいのである。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「……それに」と志保は自分にたしかめるような調子で呟やいた、「あのじぶんのようなうわついた高慢はもう無くなっているから」
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
邸内のあちこちからは、何とはなしに声のない歓声らしいものが湧き起って、気のせいかうわずった靴音が入り乱れるような気持がした。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
晴れ着の背に送られた蕃婦のうらやましそうな視線を意識しながら、妻君は急ぎの脚をふりむきもしないで、うわついた調子に答える。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
ふっくらした厚い席の上で、彼女の身体からだうわつきながら早くうごくと共に、彼女の心にも柔らかで軽快な一種の動揺が起った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ははあ、遠出でげすかい、なにかに就けてさぞ気がめるこってえしょう、よ、色男。」とうわッ調子でしりをぐいと突くと、尋常に股をすぼめて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思ひの外なる御驚おんおどろききに定めてうわそらともおぼされんが、此願ひこそは時頼が此座の出來心できごゝろにてはつゆさふらはず、斯かる曉にはとかねてより思決おもひさだめし事に候。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
話は罪のないことばかりで、小田原の海がどうだったとか、梅園がこうだとか、どこのお嬢さまが遊びに来て面白かったとか……お作はうわの空で聞いていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一般民衆が圧抑に対する反動をもって動くときには、ともすれば群集心理的のうわついた気分になって、芸術を受用し得るような心の落ちつきを失うものである。
世界の変革と芸術 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
訳も造作ぞうさもないことさ。……いったい、おれはとんちきでの、検死などに立合わされるとひどく気がうわついて、おれの眼玉はとかくとんでもねえところへ行きたがる、悪いくせさの。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
新聞も漢語字引と首引くびっぴきで漸く読み覚えたという人だから、今の学校出の若い者と机を列べて事務をらされては、さぞ辛い事も有ろうと、其様そんな事にはうわの空の察しの無かった私にも
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
自分でも時々可笑いと思うくらい心がうわついて、世間が何となく陽気に思われる。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
と、うわ調子ちょうし町人ちょうにんことばで、おそろしく大言たいげんをはいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「僕の足はうわついているように見えましょうか」
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
後家婆さんが得意になってうわついた話の最中へ入るのはいやな気がしますし、そうかといって、再び浅吉のところへ引返す気にもなりません。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いいじゃありませんか。」お作は自分の実家さとだけに、甘えたような、うわずったような調子で言う。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あの当座こそ、二人は外へも出ないで、うわずって暮らしていたが、このごろ、お絹は、小女こおんなをつれてちょいちょいと出歩く。どうかすると、朝出て夜おそく帰って来ることさえある。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
銀子はまたしても自分の迂濶うかつに思い当たり、大きな障害物にぶつかったような気持で、どこを洗っているのかうわそらであった。寿々千代はそれ以上は語らず、一足先へあがって行った。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
旅の遊山でうわつき歩いているのではない、求むるかたきがありと思えばこそ——それが、どう聞き間違えたか、南へはずれたものを、北へ向って走り求めているという相違にはなっているが
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼はうわそらで話のばつだけを合してゐた。
風呂桶 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
して、そううわついてあるいては困りますって、金助が腹を立ってたって、帰ったらキットそういって下さい……第一、こんな若い娘をひとり留守居に置いて家をあけるなんて、時節柄、物騒千万
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)