洞然どうぜん)” の例文
ほの暗い短檠たんけいのあかりにしては、洞然どうぜんと広すぎるここの一間に、無事な妻子のすがたを見出すと、彼は、やはりどこかでほっとしたように
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またもや紋也は飛び込んだが、同時に竹刀が空を割って、すぐに洞然どうぜんたる音がした。最右翼にいた門弟の一人の、字喜多文吾が打たれたのである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
景信かげのぶ陣馬じんばはらの山々は、半ば雲霧におおわれ、道志どうし丹沢たんざわの山々の峰と谷は、はっきりと見えて、洞然どうぜんたるパノラマ。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
富士男のうちだすつるはしとともに、ぞろぞろと大きな岩がくずれて、そこに洞然どうぜんたる一道の穴があらわれた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「至道難なし、ただ揀択けんじゃくを嫌う。ただ憎愛することなかれ。洞然どうぜんとして明白なり」と。まして他力を説く浄土門じょうどもんは断えず云う、「ただ頼めよ、委ねよ」と。取捨には誤謬がある。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
うぐいす洞然どうぜんとして昼霞ひるがすみ
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
けれど、黄昏たそがれの色深く、葉桜や若葉の蔭に、老鶯おいうぐいすの啼き迷うのが時々聞かれるぐらいなもので、本堂も洞然どうぜん、留守のような静けさだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして、一方の手で、ふとんのとりでを崩し崩して行く間に、洞然どうぜんとして、さえぎるもののなきところに達しました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今の時間にして十時間余り、道程みちのりにして十二、三里、紋太夫は歩いたものである。その時洞然どうぜんと打ち開けた広い空地が現われた。それは空地と云うよりもむしろ一個の別天地であった。
が、気にかかったらしく、また内へ戻っての火へ厚く灰をかぶせ、灯を消し、洞然どうぜんたる屋根裏まで見通して
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その声はむしろ深いうれいと、深い悲しみとに放心をした、洞然どうぜんとした声であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昼の見物人が捨て散らした紙屑が、洞然どうぜんたる無人の会場に、生きもののように、ひらひらと、飛んでいる。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昼だというのに暗いのは、四方たてこめているからで、ほんのり照ったのは雪洞ぼんぼり。脇息により、手は合掌、開いたひとみで洞然どうぜんと、天井を見ている若い女、間違いはない、お京である。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うつばりにはすす、柱にはちり、なんとのう艶やかなはいがない。洞然どうぜん、光なく声なく道なき空洞に似ております。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洞然どうぜんと開かれていた小次郎の眼が、しだいしだいに細まって来た。と、睫毛が下眼瞼をおおうた。俄然身体が傾いた。で、小次郎は横へ倒れた。股のあたりが、だんだんと赤く染まって行く。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
洞然どうぜんとした伽藍がらんのやみに、高くないお蝶の声が、気味のわるいほど妙な音波をひろげました。しかしいつまでも、返辞もないし、明りの影がうごいて来ません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八幡やわたの藪知らずへ踏みこんだように、竹と丸太にすべての視野を遮った迷路が曲がりくねりして、やがて半町も行ったかと思うと、洞然どうぜんたるつき当たりの暗黒と
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じっと、見ていた洪は、そこが開くやいな、洞然どうぜんたる暗やみの中へ、まっ先に躍り入って
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洞然どうぜんとした暗やみの口はシンとして静かでありながら、同心河合伝八は、脳天に浴びたあけの血を抑えながら、身を弓なりにらして仰向あおむけざまに、デンと、石段の下へ落ちてきました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洞然どうぜんとして、そこは暗い。かなりたってから、燭台がところどころに配られた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天井を仰いで、思わず声を発すると、声は虚音きょおんと化して洞然どうぜんとひびいた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高い所に、角な切り窓が一つあるほか、明りの入る坪縁つぼえんもなくかよい廊もなかった。洞然どうぜんたる幾つかの箱部屋と荒土の塗籠ぬりごめである。これではどんな忍びの者も外部から御座ぎょざへ近づくことはできまい。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、洞然どうぜんたる暗闇の底からおもてをなでて来る人間のにおいを嗅いだ。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見ると、たけなす山葦やまあしささむらにかくれて、洞然どうぜんたる深い横穴よこあながある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太い柱と柱しか見えない洞然どうぜんたる地下室をながめ廻して、官兵衛は
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わはッはははは」四郎は高い天井の闇へ洞然どうぜんと一笑をあげて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もちろん、いわあなの中は、洞然どうぜんたる暗黒で、ばばの影もみえない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大仏の胎内にでも居るように薄暗くて洞然どうぜんたる感じがする。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)