森厳しんげん)” の例文
旧字:森嚴
忘れていた武家の住居すまい——寒気なほどにも質素に悲しきまでもさびしいなかにいうにいわれぬ森厳しんげんな気をみなぎらした玄関先から座敷の有様。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だが、どこ風吹くかの魯達は、この森厳しんげんさと山冷えに、くさめでも覚えてきたか、しきりと鼻にしわをよせて、鼻をもぐもぐさせていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次第に黒くなりまさるうるしの如き公園の樹立こだちなかに言ふべからざる森厳しんげんの趣を呈し候、いまにも雨降り候やうなれば、人さきに立帰り申候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そこへ起こったのが家督問題で、森厳しんげん沈痛の晴信よりも颯爽軽快の次子信繁の方が、信虎の性質に合うところから、それを家督に据えようとした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
決闘の負傷によつ絶入たへいる迄の昂張かうちやうした最後の一幕の長台詞ながぜりふくまで醇化して森厳しんげんの気に満ち、一秒のすきらせず演じる名優は仏国に二人ふたりと見いだし難いと思つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「ものゝふの矢なみつくろふ小手こての上に霰たばしる那須の篠原」という実朝の歌は、殆ど森厳しんげんに近いような霰の趣である。芭蕉は身に親しく霰を受けて「いかめしき音や霰の檜木笠ひのきがさ」とんだ。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
相手の見幕の森厳しんげんさに圧倒されたかのように……。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こんな成れの果てを見るに至った虫けら同様な人間一個の解説を求めるには、宇宙は余りに大き過ぎて、また森厳しんげんであり過ぎる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
樟の材木は斜めに立って、屋根裏をれてちらちらする日光に映って、言うべからざる森厳しんげんおもむきがある。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もはや、兵法大講会へいほうだいこうえは、この意外いがい椿事ちんじのため、その神聖しんせい森厳しんげんをかきみだされて、どうにも収拾しゅうしゅうすることができなくなった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渠の形躯かたちは貴公子のごとく華車きゃしゃに、態度は森厳しんげんにして、そのうちおのずから活溌かっぱつの気を含めり。いやしげに日にくろみたるおもて熟視よくみれば、清※明眉せいろめいび相貌そうぼうひいでて尋常よのつねならず。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生死の境に立つような、森厳しんげんな覚悟をもって、こう問いつめる。五体には、ただ恋の血が高い脈を打っているばかりだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水をうったように、群集ぐんしゅうのこえと黄塵こうじんがしずまって、ふたたび、御岳みたけ広前ひろまえ森厳しんげんな空気がひっそりとりてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少し話がそれてきたが、有村の熱と気魄にひき緊められて、なんとなく森厳しんげんな気もちにさせられた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
軍学の蘊蓄うんちくは当代屈指のひとりと数えられ、戦うや果断、守るや森厳しんげん、度量は江海こうかいのごとく、その用兵の神謀は、孔明、楠の再来とまで高く評価している武辺ぶへんでもある。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かほど森厳しんげんな自然と、千年の伝統をもっているだんには、なんらの仏光を今日の民衆にもたらさなくて、市井の中のささやかな草庵のあるじから、あのような大道が示されているのは
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近くの八坂やさかノ神の庭燎にわび祇園ぎおんの神鈴など、やはり元朝は何やら森厳しんげんに明ける。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あなに入る首は、これからも生きてまた戦ってゆく武士に、何ものかをおしえ残して行った。どんな小者の首一つでも、いけぞんざいには扱えなかった。森厳しんげんな気に打たれずにいられなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)