果実くだもの)” の例文
旧字:果實
天性の美貌と果実くだものを思わすような皮膚の処女色しょじょしょくは、いかにも新鮮でみずみずしいが、まだなにか女の甘美なにおいにはとぼしい。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蓮太郎は又、東京の市場で売られる果実くだものなぞに比較して、この信濃路の柿の新しいこと、甘いことを賞めちぎつて話した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
長い霖雨の間に果実くだものの樹は孕み女のやうに重くしなだれ、ものの卵はねばねばと瀦水たまりみづのむじな藻にからみつき、蛇は木にのぼり、真菰は繁りに繁る。
水郷柳河 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
熟し過ぎたといふよりは、古くなつた果物くだものといふ気がするかも知れません。しかし腐れかけた果実くだものは甘いものです。
草みち:序 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
第二回の『於母影おもかげ』は珠玉を満盛した和歌漢詩新体韻文の聚宝盆しゅうほうぼんで、口先きの変った、丁度果実くだもの盛籠もりかごを見るような色彩美と清新味で人気を沸騰さした。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
小藤次は、腕組をして、深雪の滑らかな肩、新鮮な果実くだもののような頬、典雅な腰の線を眺めていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
食卓テーブルにぴたりとつけて四脚の椅子が置かれ、更にもう一脚の椅子が、少し離れて、沢々つやつやしい箝木はめきの床に影を落し、そして何処ともなく煙草と果実くだものの匂いがほのかに残っていた。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
歌ひながらに恋人は、飛ぶ蜂のつばさきらめく光のかげ、暮方の食事にと、庭の垣根の果実くだものと、白きパン、牛の乳とをととのへ置きて、いざや、より添ひて坐らんと、わが身のほとりに進み来ぬ。
エデンの花園くわゑんで、蛇にだまされてイヴが食べた果実くだものを、大抵の人は林檎だと思つてゐるらしいが、それは大きな間違で、あの果実が林檎で無かつたのは、誰よりかも私がよく知つてゐる。
石炭をいて臭い煙を吐く蒸汽船に、たとえば茶のような商品は、いかになんでも、積むことができない。そのほか果実くだもの——その他およそ「生身なまの貨物」だけは、いつまでも帆船のものである。
黒船前後 (新字新仮名) / 服部之総(著)
樹のえだはみな生物のようにれてそのうつくしい果実くだものを王子たちにたてまつった。
すてられた果実くだもののやうにものうくしづまり
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
火の気を一切おつかいにならないで、水でといた蕎麦粉そばこに、果実くだものぐらいで済ませ、木食もくじきぎょうをなさるかたもあります。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして今度は、琺瑯ほうろうや、銀製の果実くだもの庖丁などの入っている函には手も触れずに
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
空気は重くとざして隙間すきまもなし。いさましく機織はたおる響のごとく、蜜蜂みつばちの群は果実くだものにおひにかしましくも喜び叫ぶ。われその蒸暑き庭の小径こみちを去れば、緑なす若き葡萄ぶどう畠中はたなかの、こゝは曲りし道のはて
落ちちれる果実くだものの皮、赤くうすく、あるはきたなく……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何時の間にか彼女の生命いのちも、あだかも香気を放つ果実くだもののように熟して来ていた。彼はその見違えるほど生々とした表情を彼女の外貌がいぼうのどの部分にもて取ることが出来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わが庭に落残おちのこくれない果実くだものとても稀なりき。
枝にある仏蘭西の青梨は薄紅うすあかく色づいたのが沢山生り下っていたばかりでは無く、どうかすると熟した果実くだものは秋風に揺れて、まるで石でも落ちるように彼の足許あしもとへ落ちるのもあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
仏蘭西語の読本を小脇こわきかかえて下宿を出、果実くだものなぞの並べてある店頭みせさきを通過ぎて並木街の電車路を横ぎり、産科病院の古い石のへいについて天文台の前を語学の教師の家の方へと折れ曲って行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
酒は燈火あかりに映って、熟した果実くだものよりも美しく見えた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)