暗黒やみ)” の例文
暗黒やみの中にじいっとしているような心持だった。ときどき人声がした。枕頭を歩き廻る跫音も聞こえた。眼も少しは見えるようだった。
いたずら歳月としつきを送ッたを惜しい事に思ッているのか? 或は母の言葉の放ッた光りに我身をめぐ暗黒やみを破られ、始めて今が浮沈の潮界しおざかい
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
暗黒やみの中に恐ろしい化物かなんぞのようにそそり立った巨大な煉瓦れんが造りの建物のつづいた、だだッ広い通りを、私はまた独りで歩き出した。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ケリルはそう言いながらフェルガルに矢を投げつけた、矢がフェルガルの眼に当った、彼は暗黒やみ静寂しずけさを知って息が絶えた。
約束 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
俺の母犬おふくろは俺を生むと間もなく暗黒やみの晩に道路わうらいで寝惚けた巡行巡査に足を踏まれたので、喫驚びつくりしてワンと吠えたら狂犬だと云つて殺されて了つたさうだ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
光明ひかり暗黒やみ道程みちすじ! それは人生ひとのよの道程でもある。光明と暗黒の道程を辿って行く左門の姿は、俯向いていて寂しそうで、人生の苦行者のように見えた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
図書 針ばかり片割月かたわれづきの影もささず、下に向えば真の暗黒やみ。男が、足を踏みはずし、壇を転がり落ちまして、不具かたわになどなりましては、生効いきがいもないと存じます。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
復た馬車は暗黒やみの中を衝いて進みましたが、それが夜道へ響けて可恐おそろしい音をさせました。
あゝなるかな暗黒やみ宮殿みやいのこの「奢侈」。
戸外こがいには、丑満の暗黒やみにつつまれた木立ちが、真っ黒に黙して、そのうえに、曲玉まがたまのようにかかっているのは、生まれたばかりの若い新月。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
見えたものはただみどりのほの暗さで、その暗さは濃い色のかげとなり、そのかげはやがて暗黒やみとなった。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
其時小さなまりのような物がと軒下を飛退とびのいたようだったが、やが雪洞ぼんぼり火先ひさきが立直って、一道の光がサッと戸外おもて暗黒やみを破り、雨水の処々に溜った地面じづらを一筋細長く照出した所を見ると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そのまま、ふわりとして、飜然ひらりあがった。物干の暗黒やみへ影も隠れる。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこから暗剣殺は未申ひつじさるの方角、背戸口の暗黒やみに勘次を忍ばせておいて、藤吉は彦を引具し、案内も乞わずにはいり込んだ。
そのためには、いつの代にも人の涙が流されるであろう、そしてすべての智慧と美と希望はこの国に芽生え、この国は灯火ともしびとなり、同時に暗黒やみの底の暗黒やみを知るであろう。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
気のせいかな、と前方まえ暗黒やみを見透しながら、早耳三次が二、三歩進んだ時、橋の下で、水音が一つ寒々と響き渡った。
「わたしたちはただ二人ではありません、暗黒やみのなかにいるわたしたち二人は」
浅瀬に洗う女 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
穴は、ポッカリ地上に口をひらいて、暗黒やみをすいこんでいるばかり……のぞいてよばわっても、なんの答えあらばこそ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
夜と暗黒やみのなかの、雲と霧のおぼろの影と女は立てり
浅瀬に洗う女 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
永劫えいごう暗黒やみほうむり去られることになった——とこういう因果話のはしはしが、お露の亡霊からいつ果てるともなく、壁へ向ってつぶやかれるのであった。
われ暗黒やみ静寂しじまの中に彼女かれの胸の鳴るをきく
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
わかっていて、なおかつ愛刀帰雁を唯一の護身者として、こうして暗黒やみに紛れて出て歩くには、守人にしても、そこによほど重大な用向きがなくてはかなわぬ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
朝の七つ半刻、むらさき色の薄靄が暗黒やみを追い払おうとして、八百八町の寺々の鐘、鶏の声、早出の青物の荷車——大江戸は、また新しい一日の活動にはいろうとして。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
うば玉の暗黒やみよりも濃い心の暗闇に、すすり泣きのをこらえている女がひとり——それは、次の間のふすまのかげに、この一伍一什いちぶしじゅうをもれ聞いたこの家の娘、お露でした。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
見て、こちとらあなるほどと感ずったんだ。奴め、暗黒やみん中で、うるしとは知らず千切ってかけ、折っては被せしたもんだから四ときの間にあのざまよ——梅雨に咲く黄色え花が口を
暗黒やみの水面に栄三郎を見失って長嘆息、いたずらに腕をやくしながら三々五々散じてゆく。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
真っ直ぐ向いて、前の暗黒やみへ答えた。「はい、下郎でございます」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まだ蒼茫たる暗黒やみのにおいが漂い残っていた。