てい)” の例文
またたとい剣をていし、ほこを揮うてこれに抗敵するも、また必ず現今の洪水は一層の猛勢を激してここに赴かしむべしと信ずるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
お小夜は、抱えていた装束台を、小袖ぐるみ、相手のおもてへ投げつけて、次の突嗟とっさに、短い刃を抜くや否、身をていして、斬りつけて行った。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は兵士のように身をていして、怪青年の背後に追いすがった。右のひじをウンと伸すと、運よく彼の肩口に手が触れた。勇躍ゆうやく
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分の一生を小さい陥穽かんせいめ込んでしまう危険と、何か不明の牽引力の為めに、危険と判り切ったものへ好んで身をていして行く絶体絶命の気持ちとが
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これがつづみの与吉——とは知らないが、抜刀をかざす男が近づくとみるや、大作は身をていして前へ出るなり、すばやく忠相をかばって柄に手をかける。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その怯懦きょうだと愚鈍からみすみすそれをいっし去ったのは、すくなくともこの場合、当然身をていして警察と公安を援助すべき公共的義務精神の熱意と果敢さにおいて
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「大変だ、」とはげしくいうと、金之助は寝台ねだいからずるりと落ちたが、ひとしく扉から顔を出して、六ツの目はむこう、突当りの廊下へ注いだ、と思うと金之助が身をていして
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は非常に圧迫を憎んだが、身をていして反抗しようとする代わりに、権力の壁にくっついて身を隠そうとたくらんだため、卑怯ひきょうになったのだと、水夫たちからいわれていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
彼達の所属する作家団体はほとんど………………しまい、一部の仲間作家達は嵐の中をドシドシ身をていしてつきすすんでいる現在、非常に困難な今後をひかえて、できるだけ身軽にするために
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
時勢はしだいに険悪になり、彼もまた騒然たる世の怒濤どとうのなかへ身をていしていった。香苗はなにも知らなかった、自分の胸のなかに生きている左内のおもかげを抱いて、しずかに彼の帰る日を待っていた。
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
誰か身をていして、この盲滅法に走ってゆく馬と乗手を食い止めてやればよいのに、誰もいらざることに手を出して怪我けがでもしてはというように
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まことに不審のいたりであった。それを探究たんきゅうすべく、灯台の職員で、身の軽い瀬戸さんという中年の人と、その配下はいかの平木君という青年とが、身をていしてその松の木をよじ登って行った。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
身をていして、激流の中から彼が救い上げて来た娘は——その頃まだ軽かった。十四ぐらいな愛くるしい少女おとめで、お小夜という名は、後に知ったのである。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身をていして行くと、しりものもそれを見てはいなかった。わっという喊声かんせいだけでも、一個の武蔵よりは遥かに強い。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
矢風の中からいう彼の声は、自分も身をていして、すでに敵前で戦っているような悲調とあらい語気をおびていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただしその炎へ身をていしなかった人々もないことはない。それらはもちろん武門以外の者に限られていた。本能寺常住の老僧や庫裡くりの僧たちは逸早くわざわいをまぬかれた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身をていして、悪人たちの中へ割り入ろうとしたが、その時、とつとして横あいに傍観していた一人の男が、野中の一本杉の根本からついと彼の前へ寄ってきて両手をひろげ、彼をして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)