抛棄ほうき)” の例文
ナターシャを抛棄ほうきして活発な追跡をはじめるであろうから、われわれは追跡者の速度に関する算出の基礎を変えるわけにはゆかない。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
冬籠ふゆごもりをする人だけに、この広寒宮こうかんきゅうのながめが許されるのに、お気の毒なのは、せっかく、許された特権を抛棄ほうきして眠っている人たち。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かつあたかも語学校の校長高楠たかくすと衝突して心中不愉快に堪えられなかった際だったから、決然語学校の椅子を抛棄ほうきして出掛ける気になった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ワイワイ追いかけて来たから淫仙先生も止むを得ず屍体を抛棄ほうきして、山の中に姿を隠したが、もう時候は春先になっていたのに、二三日は
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
武官系で参議級の人物をいただこうと思い、わざわざ指名したその人への要望が、カラフト抛棄ほうき論となってむくいられていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
麻痺剤まひざいをもちいて得たような不自然な自負心を感じて、決して私の怠惰からではなく、その習得を抛棄ほうきした覚えがある。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今までいつも、失敗への危惧きぐから努力を抛棄ほうきしていた渠が、骨折り損をいとわないところにまで昇華しょうかされてきたのである。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その一方を抛棄ほうきして、一方へ力をあわせ、まず、三木城の別所一族だけをつ——とすれば、これは優位に立ち直る絶対方針となるにはちがいないが——
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こはいはでもの事なるをある人が、はやこと切れたる病人と一般に見し候は、如何にも和歌の腐敗の甚しきにあきれて、一見して抛棄ほうきしたる者にや候べき。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
しかるにこの人間学も今日では最初の動機から逸脱して人間心理の批評という固有の意味を抛棄ほうきし、あらゆる任意のものが人間学と称せられるようになっている。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
第一「摂政に鎖国政策を抛棄ほうきさせるための第二策」として「朝鮮文でしたためて(オッペルトが)署名した」
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
で、すっかり手を焼いてしまった僕は、幾度、その執拗な志を抛棄ほうきしようと思ったかわからないんだ。
もしただ生のみに執着するならば、かえって反対に死を招くという矛盾に陥ると同時に、自ら進んで死する自己抛棄ほうきの実行は、生の自己矛盾を脱出せしめることができる。
メメント モリ (新字新仮名) / 田辺元(著)
わたしはこういう自信の上から一般の婦人に思想という事をすすめたい。我ら婦人は久しく考えるという能力を抛棄ほうきしていた。頭脳のない手足ばかり口ばかりの女であった。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
われわれは、結局やはり、ベートーヴェンやドビュッシーを抛棄ほうきして、もう一度この祖先の声から出直さなければならないではないかという気がするのである。(昭和二年七月、渋柿)
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
太田はかの癩病人が、自分の同志の一人であろう、という考えを幾度か抛棄ほうきしようとした。すべての否定的な材料をいろいろと頭の中にあげてみて、自分の妄想もうそうを打ち破ろうと試みた。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
すなわち、この品物の名前そのものが、どんな限定された意味も抛棄ほうきするようにすすめているのである。こうしてカフカはこの作品において謎をかけ、同時に謎をといてみせているわけである。
これを抛棄ほうきしたということはありえぬように思われますがとにかくに孤独なる山人には火を利用した形跡なく、しかも山中には虫魚鳥小獣のほかに草木の実と若葉と根、または菌類きのこるいなどが多く
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
これが百弊ひゃくへいの生ずる源で、選挙の神聖が保たれぬゆえんである。そこで多少思慮のある人は、自分で選挙権を抛棄ほうきしてしまう。即ち棄権ということが近来非常に増加したのは、これがためである。
選挙人に与う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
「なにゆえに宗教が必要なのだ」という質問は、つまりなにゆえに、「われらは生きねばならぬか」という質問と同一です。宗教の必要を認めない人は、人間として生きる権利を抛棄ほうきした人です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ある時北国のスエーデンでは冬期に開催される勧工場かんこうば建設の必要に突然迫られたことがあったが、冬期に於ける建築物の急造はこの国では不可能である。従ってすべての建築家はこの仕事を抛棄ほうきした。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
つまり博士自身の信用の代りに医学の信用を抛棄ほうきしたのである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一、二篇を無理に読みたる後これを抛棄ほうきせり。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
事件は抛棄ほうきせられたのであった。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
興をさましたとか、浅ましく感じたということは、主膳に於て、そこで、うんざりして抛棄ほうきするという意味にはならない。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こはいわでものことなるをある人がはやこと切れたる病人と一般に見做みなし候はいかにも和歌の腐敗のはなはだしきにあきれて一見して抛棄ほうきしたるものにや候べき。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
人生に対してどんなに厳格な人間も名誉心を抛棄ほうきしないであろう。ストイックというのはむしろ名誉心と虚栄心とを区別して、後者に誘惑されない者のことである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
三番飛脚は、堀秀政からの者で、秀政の書中によって、善戦した中川瀬兵衛の討死や、高山右近の抛棄ほうきによる岩崎山の失陥など、やや詳密しょうみつなことが明らかになった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この理由からして、平塚さんがその恋愛結婚の理想の主張を抛棄ほうきされたとも聞きません。
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
家庭の暗い影は、もとより望ましいことではないが、この暗い影のために藤原家というものを抛棄ほうきすることができるか。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自制の力を抛棄ほうきするのに遅速はあるでしょうが、どうしても尋常一様のことでは饑餓の危険を避けることが出来ないとすれば、何人なんぴとも生きようとする意志の不可抗力的妄動のままに
食糧騒動について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「光秀ともあろうものが、なぜこの高地を左様にあっさりと抛棄ほうきしたろうか」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
絶望とは自己を抛棄ほうきすることであるから。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
「つまり、血統唯一の本筋である私というものが、家督の権利を抛棄ほうきする以上は、他から養子をしても異存はあるまいな、ということでありました」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「武器を抛棄ほうきせよ」
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今のところ、駒井をして南進策を抛棄ほうきせしめているのは、この船で太平洋を横ぎるだけの自信が持ち得られないためであって、決してその初志を断念しているわけではないのです。
「そうだ、トモカク坊主でも大物になると横着千万なものでな、自分は楽をしていながら、世間からは難行苦行の大徳であり、人生の享楽を抛棄ほうきした悟道人のように見えるが、ありゃみんな道楽だね」
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)