懐炉かいろ)” の例文
旧字:懷爐
俺は風邪気味で、懐炉かいろを背負って憮然と庭を眺めていると、遠くから大勢の声が近づいて来て、玄関の方でなにか口々に呼び合っている。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
此大きな無遠慮な吾儘坊わがままぼっちゃんのお客様の為に、主婦は懐炉かいろを入れてやった。大分だいぶおちついたと云う。おそくなって風呂がいた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あるいはなお数日生きながらえるとしても、最後のまぎわまでその懐炉かいろの中に多少の温い灰がありさえすれば、なにも不平をこぼさないだろう。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
空魔艦は、少年のために懐炉かいろを入れておいたのであろうか。まさか、そのような親切が空魔艦の乗組員にあるはずがない。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのまま、茄子なすひしゃげたような、せたが、紫色の小さな懐炉かいろを取って、黙ってと技師の胸に差出したのである。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これらのことその身すこやかなればもとよりいふにも足らぬことなれど、寒さを恐れて春も彼岸ひがん近くまで外出そとでの折には必ず懐炉かいろ入れ歩くほどの果敢はかなき身には
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ジャケツにスキー帽で懐へ懐炉かいろを入れて、客の方へ大きな尻をまともに向け、水っぱなをこすりながら、モーターをクランクしている雇い船頭が多くなった。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
敬太郎はとうとうこの禅坊主の寝言ねごとに似たものを、手拭てぬぐいくるんだ懐炉かいろのごとく懐中させられて表へ出た。おまけに出がけに七色唐辛子なないろとうがらしを二袋買ってたもとへ入れた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
懐炉かいろをもっておでなさい。腰と足とを冷さねば大丈夫です。金剛杖はよい物をもってお出でなされた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
例えば『永代蔵』では前記の金餅糖こんぺいとうの製法、蘇枋染すおうぞめ本紅染ほんもみぞめする法、弱ったたいを活かす法などがあり、『織留』には懐炉かいろ灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除かみなりよけの方法など
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
懐炉かいろだけでは心許こころもとなくて、熱湯を注ぎこんだ大きな徳利とくりを夜具の中へ入れて眠ることにしていたが、ある夜、徳利の利目ききめがなくって真夜中ごろにしばらく忘れていた激しい痛みを感じだした。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
叔母は母の懐炉かいろに入れる懐炉灰を焼きつけていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、老人は下腹から懐炉かいろの包みを取り出して
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
にわか燈炉とうろをたき火鉢をよせ懐炉かいろを入れなどす。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「お爺様、さ、そして、懐炉かいろをお入れなさいまし、懐中ふところわたくしが暖めて参りました。母も胸へ着けましたよ。」
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朝早く出掛でかけ間際まぎわに腹痛みいづることも度々たびたびにて、それ懐中の湯婆子ゆたんぽ懐炉かいろ温石おんじゃくよと立騒ぐほどに、大久保よりふだつじまでの遠道とおみちとかくに出勤の時間おくれがちとはなるなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
眼がめたら、昨夜ゆうべいて寝た懐炉かいろが腹の上で冷たくなっていた。硝子戸越ガラスどごしに、ひさしの外を眺めると、重い空が幅三尺ほどなまりのように見えた。胃の痛みはだいぶれたらしい。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、自分は寒さに傷まぬようにと、懐炉かいろを腹に当てて眠った。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
おんなもちょいと振向いて、(大道商人あきんどは、いずれも、電車を背後うしろにしている)蓬莱ほうらいを額に飾った、その石のような姿を見たが、むきをかえて、そこへ出した懐炉かいろに手を触って、上手に
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)