慧眼けいがん)” の例文
「お前様ほどの慧眼けいがんにも、分らないことがござるかな?」「不可解の点が四つござる」「四つ? さようかな、お聞かせくだされ」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
じっと考えていたが、まことにこの慧眼けいがん、この断定こそは、われらが捕物名人むっつり右門にのみ許されるすばらしい眼のさえでした。
平次の慧眼けいがんに見破られ、とうとう一味十人ことごとく生捕られ、すぐさま手配をされて、大坂、長崎に居る仲間まで一掃されてしまいました。
かれらが洞にはいって、防備の厳重げんじゅうなのを見て、おどろきの色をあらわしたのを、慧眼けいがんなゴルドンと、富士男は見のがさなかった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
コゼット誘拐ゆうかいに関する苦情は、その第一の結果として、自分一身と自分の多くの後ろ暗い仕事の上に法官の慧眼けいがんを向けさせることになるだろう。
そうして遠いロシアの新映画の先頭に立つ豪傑の慧眼けいがんによって掘り出され利用されて行くのを指をくわえて茫然ぼうぜんとしていなければならないのである。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
腰のまがった小さい巡査が、両手をうしろに組んで街道のまんなかをぶらりぶらり、風に吹かれて歩いていた。私は二階堂への路順みちじゅんをたずねた。私は慧眼けいがん
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
慧眼けいがんのものが早くそれを見破ろうとする前に縦横からあらゆる角度の屈折光線がその作意をフォーカスする。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その患者が、まもなくこうして急死を遂げたのだから、ビリング医師は内心不思議に思いながらも、外面はいくらか自分の職業的慧眼けいがんを誇るようにさえ見える。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
さすがに司馬懿は慧眼けいがんであった。彼がこの言をなしてから日ならずして、孔明の軍は果然移動を開始した。しかも選んだ地は、武功でなくて、五丈原であった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに驚くべきは我日本国民の資質剛毅ごうきにして頑ならず、常にその固有の気力を保つと同時に、慧眼けいがんく利害の在る所を察して、王政の一新と共に民心もまた一新し
エビルの慧眼けいがんが夫の顔色の変化を認めない訳がない。彼女は直ちに其の原因を突きとめた。一夜、徹底的に夫を糺弾きゅうだんした後、翌朝、男子組合のア・バイに向って出掛けた。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あんたの慧眼けいがんに感服してるんです。あの人物についてなら私が太鼓判を押しますよ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
三五 人を籠絡ろうらくして陰に事を謀る者は、好し其事を成し得る共、慧眼けいがんより之を見れば、醜状著るしきぞ。人に推すに公平至誠を以てせよ。公平ならざれば英雄の心は決してられぬもの也。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
殊にお蝶には両親という味方があって、ゆくゆくは吉之助を婿にしようかという意向のあることを、慧眼けいがんのお筆は早くも覚ったらしい。それを防ぐには何とかしてお蝶を遠ざけてしまう必要がある。
有喜世新聞の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
慧眼けいがんの士のみつとにこれを知っておる。(『玉藻』、二九、二)
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「すぐに僕と目星をつけたところは案外慧眼けいがんだね」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
老爺を土手に置いて、屋根の上を見張らせたのは実に慧眼けいがんですが、せっかく姿を見た曲者を逃がしてしまっては何にもなりません。
不審なその訴状を見ては、いかな名人右門もはたと当惑するだろうと思われたのに、いつもながらじつにおそるべき慧眼けいがんでした。
この「女の決闘」という小品の描写に、時々はッと思うほどの、憎々しいくらいの容赦なき箇所の在ることは、慧眼けいがんの読者は、既にお気づきのことと思います。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自己にとって、将来の大障害だいしょうがいをなす人間は彼なりと、秀吉の慧眼けいがんは、もう次の歴史を見とおしている。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酔っ払っていたボシュエは、食を断って専念するハンニバルにも劣らぬ慧眼けいがんを有していたわけである。
はたしてそれが図にあたって、慧眼けいがん無比の貝十郎から、今日まで在所ありかを見あらわされなかった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と佳子さんは慧眼けいがんを誇った。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
四年この方、江戸中を騷がせた『火の呪ひ』を、人間のせゐと見破つたガラツ八の慧眼けいがんは、この男にしては近頃の大手柄だつたのでせう。
ひざまずいたまま烱々けいけいとまなこを光らして名人は、ややしばし老直訴人の姿をじいっとうち見守っていたかと見えたが、さすがは慧眼けいがん無双
誰々は、このような言葉でもってほめて呉れる。誰々は、判らぬながらも、この辺の一箇所をぽつんと突いて、おのれの慧眼けいがんを誇る。けれども、おれならば、こう言う。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かず、これまで斬り取った地を一時曹操に返し、和睦わぼくをして、この冬を休戦し、春とともにべつな計をお立てなさい、というのである。戦機を観ること、さすが慧眼けいがんだった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、慧眼けいがんの鬼火の姥には、詭計に思われてならなかった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四年この方、江戸中を騒がせた「火の呪い」を、人間のせいと見破ったガラッ八の慧眼けいがんは、この男にしては近頃の大手柄だったのでしょう。
なんたる鋭い慧眼けいがんでしたろう! 果然、はぎとった皮の一枚下からは、くまと思いきや、りっぱな人間の首が現われたのです。
それを自分の慧眼けいがんだけがそれを見破っているように言っているのは、いかにももうろくに近い。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
どう考えても、その慧眼けいがんと智慮は、この周瑜などより一段上と思わなければならん
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狂ったためしのない慧眼けいがんが、今度ばかりは意想外といいたげな面持ちをつづけていましたが、かくと知らばまた右門流でした。
勇三郎にかゝる疑ひには、寸毫すんがうの動きがなくとも、なにか新しい證據を、平次の慧眼けいがんで見付けられないものでもありません。
だから慧眼けいがんな史家は、大江時親の実在も疑い、正成の師事などもみとめていない。それに従来の楠公伝や、郷土史自体が時親の素姓については、具体的になに一つ傍証していなかった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま出鱈目でたらめに、「自分のため」と言われても、ああ慧眼けいがんと恐れいったりすることがないともかぎらぬような事態にたちいたるので、デカルト、べつだん卓見を述べたわけではないのである。
爺を土手に置いて、屋根の上を見張らせたのは實に慧眼けいがんですが、折角姿を見た曲者を逃がしてしまつては何にもなりません。
いいつつ、哀々と訴えるようににらんだその目の光!——慧眼けいがん並びない名人の目が、思いに悩み、もだえに輝く娘のその目を見のがすはずはないのです。
ホッとして行衣ぎょういの土を払いながら、そこの朽ち木の根へ腰をおろした男は、姿こそまったく変っておりますが、まことに日本左衛門の慧眼けいがんたとおり相良金吾その人に違いありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
火が燃え上がつてから、誰も氣の付かない『時間』のあつたことや、夏羽織を氣にして居た親分の慧眼けいがんを、今更ガラツ八は思ひ當つた樣子です。
残る三人の卍組刺客しかくたちにも、てまえがもう死んだごとくに装って、その凶刃から一生安楽にのがれるつもりでござりましたが、右門のだんなの慧眼けいがん
火が燃え上がってから、誰も気の付かない“時間”のあったことや、夏羽織を気にしていた親分の慧眼けいがんを、今さらガラッ八は思い当った様子です。
そのなにものであるかを右門に言い当てられたとき、かくぎょッとなってあたりを見まわしたしだいでしたが、慧眼けいがん右門には杉弥のそのわずかな動作だけで
さすがに慧眼けいがんで、弾き進んで曲の終りに近づくと、燃焼し切った感興と情熱のやり場に、ケンプは困っているのではあるまいかと思うほどであった。
だから、なんじょうその慧眼けいがんの光らないでいらるべき、烱々けいけいとしてまなこより火を発しさせると、突き刺すごとくに鋭い質問が夫人のところに飛んでいきました。
もっとも、夕立は人間業でこしらえられるわけはありませんから、平次は喧嘩を馴れ合いとにらんだのは慧眼けいがんでした。
うしろに慧眼けいがんはやぶさのごときわがむっつり右門が控えているとも知らずに、女はまずにっとばかりそれなる男に向かって、ひと目千両のこびをつくってみせました。
さすがに慧眼けいがんで、この人のリードを聴くと、非常に巧みではあるが、ドイツ人でない匂いを感じさせるだろう。
なんじょう右門の慧眼けいがんののがすべき、臭いなと思ってすっくと立ち上がりながら近づいていって、こころみにたたいてみると、果然出っ張った土壁の奥は空洞くうどうらしく