微白ほのじろ)” の例文
谷の鳴る音がサツときこえて、微白ほのじろい暁の空気が二階へと下りて行く窓からそつと覗かれた。廊下にはぼんやりと電気がついてゐた。
浴室 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
広栄はななめにぴょいぴょいと往って長櫃のうえへ眼をやった。そこには小さな玩具おもちゃのような三寸位の富士形をした微白ほのじろい物があった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その時微白ほのじろい女の顔がさっと赤く染まって、寂しい微笑ほほえみの顔が華やかな笑顔になった。それからは岡田は極まって窓の女に礼をして通る。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
山国の五月はやっと桜が咲く時分で裏山の松や落葉松からまつの間に、微白ほのじろいその花が見え、桑畑はまだ灰色に、田は雪が消えたままに柔かくくろずんでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と雪江さんの吃驚びッくりしたような声がして、大方おおかた振向いたのだろう、かおの輪廓だけが微白ほのじろ暗中あんちゅうに見えた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
打霞うちかすみたる空ながら、月の色の匂滴にほひこぼるるやうにして、微白ほのじろき海は縹渺ひようびようとして限を知らず、たとへば無邪気なる夢を敷けるに似たり。寄せては返す波の音もねむげに怠りて、吹来る風は人を酔はしめんとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
K達はやがてその微白ほのじろいラヂユムの湯気の中にその身を浸した。かれ等はかれ等の運命がいよいよその身に迫つて来たことをはつきりと感じた。
浴室 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
微白ほのじろいぼうとした湖の水が見えて、右側に並んでいた人家がなくなった。もう運河が湖水へ入った土手が来たなと思った。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
裏庭の方の障子は微白ほのじろい。いつの間にか仲働が此處こゝの雨戸丈はけたのである。主人はそばに、夜着の襟に半分程、赤く圓くふとつた顏を埋めて寢てゐる娘を見て、微笑ほゝゑんだ。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
島田に結って、白襟に三枚襲さんまいがさねを着飾ったお今の、濃い化粧をした、ぽっちゃりした顔が、黄昏時たそがれどき薄闇うすやみのなかに、ほろの隙間から、微白ほのじろく見られた。その後から浅井夫婦が続いた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何かに紛れてランプ配りがおそくなった時などは、もう夕闇が隅々へ行渡って薄暗くなった此の部屋の中に、机に茫然ぼんやり頬杖をいてる雪江さんの眼鼻の定かならぬ顔が、唯円々まるまる微白ほのじろく見える。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今まで微白ほのじろいように見えていた花はあざやか真紅しんくの色に染まっていた。彼は驚いて女の顔を見た。女の濃艶のうえん長目ながめな顔が浮きあがったようになっていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女はもう傍へ来ていて廻転かいてん椅子の口をこっちに向けて勧めた。謙作はそれに腰をかけて鉢の微白ほのじろい花に眼をやった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは風の無い夢の中のようなで、あとから後からとふくらんで来て、微白ほのじろいそに崩れているなみにも音がなかった。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
微白ほのじろく見える顔も、肩の恰好かっこうも、背たけも、歩き方も、皆懐しい女房であった。漁師は嬉しさがぞくぞくとこみあげて来た。彼は沙丘すなやまを走りおりて近づいた。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は足の向いている方へと微闇うすやみの中を歩いて往った。百歩ばかり往ったところで微白ほのじろい光が見えた。そこには大きな岩がでっぱっていた。岩にいて廻ると明るい昼の世界があった。
申陽洞記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
喬生はへやの中へ引き込まれた。真紅の色の鮮かな牡丹燈籠が微白ほのじろく燃えていた。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一里ばかり往ったところで、小さな野川の水が微白ほのじろく現われました。川のへりには一軒の苫屋とまやが黙黙として立っておりました。壮い男はその前に立って、どうして川を越したものかと考えておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
崖の石の上には微月うすづきの光のような微白ほのじろい光があった。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
真紅の色の鮮やかな牡丹燈が微白ほのじろく燃えていた。
牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)