強靭きょうじん)” の例文
私が自分に求めているだけの闊達かったつさ、強靭きょうじんさ、雄大さはまだわがものとしていません、まだその手前での上手うまさであり、しっかりさである。
部屋の中に若い娘が一人、首に強靭きょうじんな麻縄を巻かれ、その縄尻を二間ばかり畳から縁側に引いて、俯向うつむきになったまま死んでいたのです。
女性は気弱く見える方が強靭きょうじんだ。しっかりと自分だけを保護して、そして比較的安全に他人の影にかくれて根強く棲息せいそくする。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
民族は抑圧に対抗するとき最も強靭きょうじんであり、民族的英雄や民族の伝説は、多くは民族の繁栄よりも、相共にめた苦しみとたたかいの記念である。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
彼はみずから信ずるのあつきのみならず、その執着力の強靭きょうじん果鋭なるにおいては、王安石もまた三舎さんしゃを避くる程なりき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
葉脈が縦に並んでいて、葉の裏には松のやにが出るらしい白い小さい点が細い白線のように見えている。実際強靭きょうじんで、また虫に食われることのない強健な葉である。
松風の音 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そんな風で仕事は絶えず傍道へそれて、その道が行きづまりと見きはめのつくまでは、彼女は出て来ないのであつた。彼女の性格の強靭きょうじんさがそこには見えてゐた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
奥畑のような坊々ぼんぼんに比べれば、人間として数等上である、兎に角彼にはこの上もなく強靭きょうじんな肉体があり、いざとなれば火の中へでも飛び込む勇気がある、そして
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この強靭きょうじんをあなどってはいけない。虚栄は、どこにでもいる。僧房の中にもいる。牢獄の中にもいる。墓地にさえ在る。これを、見て見ぬふりをしては、いけない。
答案落第 (新字新仮名) / 太宰治(著)
猫にとってはおそらく不可思議に柔らかくて強靭きょうじん蚊帳かやの抵抗に全身を投げかける。蚊帳のすそは引きずられながらに袋になって猫のからだを包んでしまうのである。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
贅沢ぜいたくな場合でも、その上に僅かのアスファルトを流しこめばいいのだ。それにもかかわらず、普通以上の強靭きょうじんさを漆喰で持たせようというには、何か訳がなければならぬ。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(これも、いい加減な概念的なものだった。)——民衆の持っている素朴さ、率直さ、強靭きょうじんさ等々で自分の神経をんで、ヒステリーを直したいと思った。だが……。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
仰向あおむきに倒れてもがいている熊の喉笛のどぶえに、虎の牙が突き刺さっていた。強靭きょうじんな肩の筋肉がムクムクと盛りあがって、太い首が鋼鉄の器械のように左右に振り動かされた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
およそ長い歴史を通じ、何が強靭きょうじんかといって、民の不撓不屈ふとうふくつほど、驚歎されるものはない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南独逸の木深い谷を背景にして、酔払いの夫が或る吹雪の晩に森のなかで横死してからの、その寡婦と息子とのすさんでゆく運命を、女にも似げない、強靭きょうじんな筆で書いたものだった。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼らの父親らは、勤勉強靭きょうじんな古いイスラエル系統に属していて、その民族的精神に執着し、強烈な精力をもって財産を作り、しかもその財産よりその精力の方をより多く享楽していた。
屈するかと見えても強靭きょうじんであり、曲っても決して折れず、ほんの軽い圧力でも頭を下げるが、それがなくなった瞬間、ぴんと立ち、しゃんとして、相かわらず頭を高く上げているのだった。
米国産業資本に強靭きょうじん波瀾はらんをまきおこしたために、米国資本を背景とした商工都市大阪は、ウォール街を恐怖がおそうと同時に、赤鼻女の野暮なアメリカの衣裳をつけて財界の迷路に立った。
大阪万華鏡 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
この三枚の絵の描かれております、紙とも付かず皮とも付かぬ強靭きょうじん代赭色たいしゃいろのへなへなした物質が、今日の紙の祖先である紙草パピュルスというものであることは、すでに先程申し上げたかと思います。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
枝に葉をつけておいおいに船乗り達の頭へ強靭きょうじんな根を下ろしはじめた矢先き、それはちょうど一月ほど前の濃霧の夜、またしても汐巻沖で坐礁大破した一貨物船が、数十分にわたる救難信号エス・オー・エスの中で
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
きりょうも満更でないのが、なんだって馬鹿馬鹿しく強靭きょうじんな舌を持って生れたことだろうと、平次は気の毒にさえなるのでした。
速水は三十三歳の、むちのように強靭きょうじんで、しなやかなからだの、やせ型の好男子であった。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まだかつて、銀歯組の刑部様とのみよんで、人が姓をよんだことのあるを聞かない。何しても、お袖は、その刑部様の強靭きょうじんな肉情から飽かれない限り、ここを出ることはできないであろう。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべてが細々として、頼りないようですが、どこかに強靭きょうじんなところがあり、考えようではスポーツ型とも言えるでしょう。
「あなたは女悪魔さ。そいつはよくわかっているが、このおれが悪魔の王だってことを見せてあげようよ」そう言って、ヘンデルは皮肉な微笑を、強靭きょうじんな感じのするほおに浮べた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
長いあいだ軽業小屋できたえた強靭きょうじんな身体と、恐ろしい気転とで、ともすれば平次と八五郎の手をまぬかれて逃出そうとしましたが、久し振りに銭形平次の掌から投げられた五六枚の銭に