広前ひろまえ)” の例文
旧字:廣前
水をうったように、群集ぐんしゅうのこえと黄塵こうじんがしずまって、ふたたび、御岳みたけ広前ひろまえ森厳しんげんな空気がひっそりとりてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いやにおちゃがつてるよ、生意気な。」と、軽く其のつむりてのひらたたぱなしに、広前ひろまえを切れて、坂に出て、見返りもしないで、てやがて此の茶屋にいこつたのであつた。——
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その一つは高尾の山の蛇滝じゃだきの参籠堂から出て、飯綱権現いいづなごんげん広前ひろまえから、大見晴らしを五十丁峠へかかった一つの山駕籠と、それからもう一つは、府中の六所明神の前を五六人のさむらいに囲まれて
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こんなことを源氏は夢にも知らないでいた。夜通しいろいろの音楽舞楽を広前ひろまえに催して、神の喜びたもうようなことをし尽くした。過去の願に神へ約してあった以上のことを源氏は行なったのである。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
神殿の広前ひろまえに、彼は、三尺余もある長刀を、革紐かわひもで帯にくくし、われとわが影を、月の白い地上に睨んでいた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
釣鐘が目前めのまえへぶら下ったように、ぎょっとして、はっと正面へつままれた顔を上げると、右の横手の、広前ひろまえの、片隅に綺麗に取って、時ならぬ錦木にしきぎ一本ひともと、そこへ植わった風情に
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広前ひろまえにはりめぐらした鯨幕くじらまく、またわかれわかれにじんどった諸家しょけ定紋幕じょうもんまくなみのようにハタハタと風をうつ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
拝殿はいでん裏崕うらがけには鬱々うつうつたる其の公園の森をひながら、広前ひろまえは一面、真空まそらなる太陽に、こいしの影一つなく、ただ白紙しらかみ敷詰しきつめた光景ありさまなのが、日射ひざしに、やゝきばんで、びょうとして、何処どこから散つたか
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わーッと、いう声におくられて、正面の城戸を走りだした白馬はくば草薙くさなぎと、天下無類てんかむるい早足はやあし持主もちぬし、もう、御岳の広前ひろまえからッさかさまに、その姿すがたを見えなくしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
拝殿の裏崕うらがけには鬱々うつうつたるその公園の森を負いながら、広前ひろまえは一面、真空まそらなる太陽に、こいしの影一つなく、ただ白紙しらかみを敷詰めた光景ありさまなのが、日射ひざしに、ややきばんで、びょうとして、どこから散ったか
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大股に、広前ひろまえを斜めに歩き出していた。さらに、山庭へはいりこんだ。さっきから、喉の渇きが求めている水を——どこかに、岩清水の落ちている音を——探しに行ったものらしい。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこから木立を隔てて見えるのは、月光の底に沈んでいる二十八柱の大伽藍だいがらん、僧行基ぎょうきのひらくという医王山薬師如来やくしにょらい広前ひろまえあたり、嫋々じょうじょうとしてもの淋しい遍路へんろりん寂寞せきばくをゆすって鳴る……。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)