居堪いたたま)” の例文
もうとても……大慈大悲に、腹帯をお守り下さいます、観音様の前には、口惜くやしくって、もどかしくって居堪いたたまらなくなったんですもの。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうおもえばますます居堪いたまらず、ってすみからすみへとあるいてる。『そうしてからどうする、ああ到底とうてい居堪いたたまらぬ、こんなふうで一しょう!』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
いったい下のばばあは何者だろう——かえって茫然とした、あの罪がないような顔が、獰悪どうあく面構つらがまえよりも意味ありげに思われて、一刻も居堪いたたまらない。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「それがたちまち評判になる、山岡屋のお内儀かみさんは強盗に裸にされたといううわさがパッとひろがったから、とても居堪いたたまれません」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あげくの果には婿と手をとつて遊興に出陣する態たらくに居堪いたたまらず、妹は婚家を、同時に故里を、父を、逃げて上京した。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
何がさて、その当時の事であるから、一同ただ驚き怪しんで只管いたずらに妖怪変化の所為しわざと恐れ、お部屋様も遂にこのやしき居堪いたたまれず、浅草並木辺の実家へ一先ひとまずお引移りという始末。
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
暑い東京にも居堪いたたまらなくなって、浜屋がその宿を引払って山へ帰るまでに、お島は幾度いくたびとなくそこへ訪ねて行ったが、彼女はそれを小野田へ全く秘密にはしておけなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、私が何だか居堪いたたまらないような気になって又母に言掛けると、母は気の無さそうな声で
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
実は去年から失業していて二進にっち三進さっちも行かないんです。木賃もくちんホテルにも居堪いたたまれなくなって、昨夜は芝公園のロハ台に一泊したんです。朝目を覚ますと、あなたが来ていました。
朝起の人達 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
道場へいってみると、門人たちは居堪いたたまらなかったとみえて誰もいず、師の市郎左衛門が俯伏うつぶせにうずくまっている武田平之助のせなへ、竹刀でぴしぴしと烈しい打擲ちょうちゃくをくれていた。
主計は忙しい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
りし者ことごとくその財物を捧げて助命さる。他の一人この事洩らすまじと誓いしを忘れ言い散らし、放りし者居堪いたたまらず脱走す。三十年経て故郷に還る途上その近処の川辺にやすむ。
何かが私を居堪いたたまらずさせるのだ。それで始終私は街から街を浮浪し続けていた。
檸檬 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
而して、或時は、自分から、居堪いたたまらなくなって、やあ——と死に物狂いに叫んで藪の中から飛び出ることもあった。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
すると俺の心臓はひどく憶病になつて次の一秒がばかに恐ろしく不気味に思はれ、沈黙に居堪いたたまらなくなり出すから、もうおさへ切れずにわあつ——と叫ぶと——
がんりきは、楢の木の蔭に居堪いたたまらないで、身軽に飛んで、高さ一丈余りある国境くにざかいの道標の後ろへ避ける。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
眉も目も鼻も口も、歪んで、曲って、独りでねて、ほとんど居堪いたたまらないばかりの心地。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は、座に居堪いたたまらず立上って、障子を開けた。鎌のように冴えた月が、枯れた木の枝にかかっている。やがて、青葉を縫って、青い月光は地平線にかしいだ。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼等が総理大臣の気焔をやめて俺のうちの茄子は日本一だとか、俺の糞便の汲みとり方は天下一品だ、とか、かういふ気焔をあげたなら、居堪いたたまれなかつた筈である。
居酒屋の聖人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「べらぼうめ、逃げるなら逃げるでいいけれど、道庵の家は食物が悪いから居堪いたたまらねえの、やれ人使いが荒いから逃げ出したのと、よそへ行って触れると承知しねえぞ」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
…失礼します。……居堪いたたまらなくて、座を立つと、——「散歩をしましょう。上野へでも、秋の夕景色はまた格別ですよ。」こっちはひけすぎの廊下鳶ろうかとんびだ。——森の夕鴉ゆうがらすなどは性に合わない。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小学校を卒業すると町の工場へ女工に送られたが居堪いたたまらず、東京へ逃げて自分勝手に女中奉公した。
禅僧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
それを山の神が疑ぐり出して、喧嘩が始まる、子供が泣き出す、近所隣りが仲裁に来るという騒ぎですから、お君はとうとう五日目に、居堪いたたまらなくなってここを逃げ出しました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時に、お君は身の毛が立って馬の上にも居堪いたたまらないような気がしました。
どうしても居堪いたたまらないから、この非常手段で逃げ出したものであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
少年は、なんとなし居堪いたたまらないような心持になって
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)