“安井(やすゐ)” の例文
學生(がくせい)も平日(いつも)よりは數(かず)が不足(ふそく)であつた。不審(ふしん)な事(こと)には、自分(じぶん)より三四(さんよ)つ日(か)前(まへ)に歸(かへ)つてゐるべき筈(はず)の安井(やすゐ)の顏(かほ)さへ何處(どこ)にも見(み)えなかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
引き拔切合處に太田樣の方には中小姓(こしやう)徒士(かち)などにも手利(てきゝ)の者之あり其上陸尺(ろくしやく)の七右衞門は力(ちから)もありて能(よく)働(はたら)き候然るに嘉川樣の方には中小姓(こしやう)孕石(はらみいし)源兵衞安井(やすゐ)伊兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
細君(さいくん)は宗助(そうすけ)を見(み)るや否(いな)や、例(れい)の柔(やはら)かい舌(した)で慇懃(いんぎん)な挨拶(あいさつ)を述(の)べた後(のち)、此方(こつち)から聞(き)かうと思(おも)つて來(き)た安井(やすゐ)の消息(せうそく)を、却(かへ)つて向(むか)ふから尋(たづ)ねた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
嘉川主税之助同人家來安間(あんま)平左衞門切首(きりくび)多兵衞僧(そう)願山嘉川家々來孕石(はらみいし)源兵衞安井(やすゐ)伊兵衞嘉川藤五郎建部(たてべ)郷(がう)右衞門伴(ばん)佐(すけ)十郎山口惣右衞門陸尺(ろくしやく)七右衞門右の者一同白洲(しらす)へ罷(まか)り出ければ老中(らうぢう)井上河内守殿若年寄(わかどしより)大久保長門守殿石川近江守殿寺社(じしや)奉行黒田豐前守殿大目付(めつけ)有馬出羽守殿御目付松浦與(よ)四郎殿を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
宗助(そうすけ)は浴衣(ゆかた)の後影(うしろかげ)が、裏口(うらぐち)へ出(で)る所(ところ)で消(き)へてなくなる迄(まで)其處(そこ)に立(た)つてゐた。それから格子(かうし)を開(あ)けた。玄關(げんくわん)へは安井(やすゐ)自身(じしん)が現(あらは)れた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)