好事家かうずか)” の例文
竜神より神仏へくういふ普通ふつうせつなれど、こゝにめづらし竜燈りうとうの談あり、少しく竜燈をげすべき説なればしばらくしるして好事家かうずか茶話ちやわきようす。
それが戦争後もずつとその儘やして置かれるか、うかといふ事が、後方あちらでは今好事家かうずか仲間の話題になつてゐる。
又日本の粗末な器物や米醤油しやういうの様な食料品を売る家も巴里パリイに幾軒かあるのを見うける。しかそれ等の好事家かうずか何処どこまで深く日本を領解して居るかと想像すると甚だ怪しい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
多分彼は私が乞食ではなくて、好事家かうずかの婦人が自分の黒パンに興味をそゝられたものとでも思つたらしかつた。で、私は彼の家が見えなくなると直樣すぐさま、坐り込んで食べ初めた。
布はわるいが模様を見てもらひたい。絵も字も曾鉄誠といふぢいさんの描いたものだ。これにはちよつと奇談もある。好事家かうずかの君には一寸ちよつと向いてゐる。いづれ暇のをりにくはしく——
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
一ツは好事家かうずか随筆ずゐひつに、物凄ものすごくもまたおそろしくしるされる。あさあんずるに、随筆ずゐひつからつて講釈かうしやく仕組しくんでえんずるのであらうとおもふが、いたはうむと、うそらしいがせられて事実じゞつこえる。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
天草で習つたオランダ風のかざりを應用して、精巧せいかうな鈴を作ることを工夫し、芳村道齋と名乘つて江戸中の好事家かうずかの人氣を集めましたが、名人業めいじんわざであまりお寶にはならず、年中貧乏を看板に、女房一人
竜神より神仏へくういふ普通ふつうせつなれど、こゝにめづらし竜燈りうとうの談あり、少しく竜燈をげすべき説なればしばらくしるして好事家かうずか茶話ちやわきようす。
一昨日をとゝひ巴里パリイ好事家かうずかが大勢寄つて二月の中頃までルウヴル博物館のそばで公開する装飾美術展覧会をうたが、二百五十室もあるので到底一箇月掛かつても観つくせるもので無かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
牧之ぼくしあんずるに、橘春暉たちばなしゆんきあらはしたる北囱瑣談ほくさうさだん(後編の二)蔵石家ざうせきかの事をいふくだりいはく、江州山田の浦の木之内古繁こはん、伊勢の山中甚作、大坂の加嶋屋源太兵ヱ、其外にも三都の中の好事家かうずか侯国こうこく逸人いつじん
浮世絵の鑑賞ばかりで無く、いろんな方面に日本贔屓びいき好事家かうずかが多いらしい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
牧之ぼくしあんずるに、橘春暉たちばなしゆんきあらはしたる北囱瑣談ほくさうさだん(後編の二)蔵石家ざうせきかの事をいふくだりいはく、江州山田の浦の木之内古繁こはん、伊勢の山中甚作、大坂の加嶋屋源太兵ヱ、其外にも三都の中の好事家かうずか侯国こうこく逸人いつじん