くわい)” の例文
併し此女がどれ丈僕の死に影響してゐるかと云ふと、それは真に道の上の一くわいの石、風景の中の一しゆの樹よりだいなる影響を与へてはゐない。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
くわいのボロくづのやうに欄干にうづくまつて、最早息があらうとも覺えず、生命の最後の痙攣けいれんが、僅かにその四に殘るだけです。
乗円 は、は、でいゆすを造りしものが無うて、でいゆすく天地万象を造りしとな。然らばでいゆすは即ち五塵ごぢんくわい五蘊ごうんの泉、憎愛簡択ぞうあいかんたくの源とこそ見ゆれ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
卯平うへいこし疼痛いたみなやまされて、餘計よけいにかさ/\とからびてこはばつてうごかしがたくなるとかれは一くわいおきもない火鉢ひばち枕元まくらもといて凝然ぢつ蒲團ふとんかぶつたまゝである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
新に入り来る客は漸くまれになりて、つどへる客は彼処に一団、此処に一くわい、寄りて話し離れて歩む。彼処に大きな坊ちやまの如くにこ/\笑ひながら話すは、大山参謀総長なり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
潔味けつみ私が口に適候而悦申候。いれもの重箱やきもの提燈御かへし申候。みそとくしこ入候はとゞめおき申候。早々。十二月七日。太中。辞安様。枯髏ころくわいしも三字急に出不申候。出候はば可申上候。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
五十年輩の支配人總兵衞の死骸は、首筋から背中へかけて恐ろしい力で叩き潰され、それはさながら一くわいの肉泥になつて居るではありませんか。
ます/\けてつてた。いへうちには一くわいおきたくはへてはなかつた。枕元まくらもと近所きんじよ人々ひと/″\勘次かんじとおつぎのむまでは身體からだうごかすことも出來できないで凝然ぢつつめたいふところあたゝめてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大地にはふり出されて、起き上がらぬうちに、狂ひに狂つた馬は、二三十尺もあらうと思ふ崖の下へ、一くわいの土の如く落ちて、水音高く沈んで了つたのです。
名題の戀狩人ラヴ・ハンターで、吉原の大門を二度までも閉めさしたといふ江戸の遊蕩兒達の理想の人物は、一くわいのボロきれのやうに、心からとむらふ者もなく、淺ましい死骸を豪勢な絹布團の中に埋めてゐるのです。