人世じんせい)” の例文
恋に酔うとは、これを云うのかしら、わしは人世じんせい嬉しさの絶頂に達し、痴人の如く、瑠璃子の顔を飽かず眺め入った。見れば見る程愛らしい。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
人世じんせいの複雑なる事実を取り来りてかくまでに詠みこなすこと、蕪村が一大俳家として芭蕉以外に一旗幟きしを立てたる所以ゆえんなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
私は今年ことし三十九になる。人世じんせい五十が通相場とおりそうばなら、まだ今日明日きょうあす穴へ入ろうとも思わぬが、しかし未来は長いようでも短いものだ。過去って了えば実に呆気あッけない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これに就きても予はこれまでの実験上、ますます気象の人世じんせいに最大関係あることを確認するを得たり、内地に於ける各種の企業者にして、しかも平地に於てすら
うみならずやまならぬ人世じんせい行路かうろなんいまはじめておもあた淵瀬ふちせことなる飛鳥川あすかがは明日あすよりはなにとせん
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
この故に無声むせいの詩人には一句なく、無色むしょくの画家には尺縑せっけんなきも、かく人世じんせいを観じ得るの点において、かく煩悩ぼんのう解脱げだつするの点において、かく清浄界しょうじょうかい出入しゅつにゅうし得るの点において
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同情するような口振りもし態度もするけれど、心の底から同情するものはひとりもないのだ。思うようにゆかないのが人世じんせいだなどと、社会の悲劇ひげきなぐさみものにしてさわいでる人間が多い。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
女房と朝飯あさめしと——何方どちら人世じんせいに関係する所が大きいだらうと疑つた者がある。
そしてあの世棄人よすてびとも、遠い、微かな夢のように、人世じんせいとか、喜怒哀楽とか、得喪利害とか云うものを思い浮べるだろう。しかしそれはあの男のためには、くに一切折伏しゃくぶくし去った物に過ぎぬ。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
毘婆舎那びばしゃな三行さんぎょう寂静じゃくじょう慧剣えけんぎ、四種の悉檀しったんに済度の法音を響かせられたる七十有余の老和尚、骨は俗界の葷羶くんせんを避くるによってつるのごとくにせ、まなこ人世じんせい紛紜ふんうんきて半ばねむれるがごとく
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
併し理を以てせば、これが人世じんせい必然のいきほひだとして旁看ばうかんするか、町奉行以下諸役人や市中の富豪に進んで救済の法を講ぜさせるか、諸役人をちゆうし富豪をおびやかして其私蓄しちくを散ずるかの三つよりほかあるまい。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
人世じんせい風波ふうはは思いもうけぬ方面より起る。小山の妻君熱心に
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「あれが人世じんせいなのだ!」
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
その間には人世じんせいと切り離す事の出来ない多少の不幸が相応に纏綿てんめんしているらしく見えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博士が忽然こつぜんと著名になったのは、今までまるで人の眼に触れないで経過した科学界という暗黒な人世じんせい象面しょうめんに、一点急に輝やく場所が出来たと同じ事である。其所そこが明るくなったのは仕合せである。
学者と名誉 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)