享楽きょうらく)” の例文
旧字:享樂
いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽きょうらく的に出来上った種族らしい。こぶ取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
通つて来る二三人の家庭教師にかされてゐるが、実は父が家庭に於ける享楽きょうらく生活に手不足をきたすのを、父は極力嫌つたためでもあつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
よくまああれでやって行けると思えたが当人たちはそう云う面倒を享楽きょうらくしているもののごとく云わず語らず細やかな愛情が交されていた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「抜地獄」と称するこの寮の秘密を、お露はき父から聞いて知っていたのである。が、彼女もその富を享楽きょうらくする機会を与えられなかった。
……ひょっとすると父は、自分が人生の「妙趣」をあまり永く享楽きょうらくできないことを予感していたのかもしれない。四十二で死んだのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
だからこれに対して享楽きょうらくさかいに達するという意味は、文芸家のあらわした意識の連続に随伴すると云う事になります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただきゃんな肌あいの中に、い人情と強い恋を持つ深川のにおいが、なまめかしく、自分を絵の中につつみこんで、波の音までが享楽きょうらくに和しているかと思われた。
春の雁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼等の愛人同士は、周囲に多くの人々が住んでる環境かんきょうに居て、しかも無人島に居る二人だけの会話を会話し、二人だけの生活を自由に享楽きょうらくしていたのであった。
あの人たちは、支那を享楽きょうらくしに来るのです。そうして自分の国へ帰れば、支那通というものになる。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
冬という季節は窩人達にとっては狩猟しゅりょう享楽きょうらくとの季節であった。彼らは弓矢をたずさえては熊や猪を狩りに行く。捕えて来た獲物を下物さかなとしては男女打ちまじっての酒宴を開く。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
第二は植物性食品はどう考えても動物性食品より美味おいしくない。これは何としても否定することができない。元来食事はただ営養をとる為のものでなく又一種の享楽きょうらくである。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「自殺したんだそうだ。桃色の享楽きょうらくが過ぎて、とうとう思い出の古戦場でやっつけたんだ」
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どうせ夢なら、その夢を一番有効に享楽きょうらくしてやろうと言った横着気が頭をもたげると、もう屋敷の名やこの私の名を訊ねて、女中を困惑させることは思い止まってしまったのです。
かような観念が失われたとき、娯楽はただ単に、働いている時間に対する遊んでいる時間、真面目まじめな活動に対する享楽きょうらく的な活動、つまり「生活」とは別の或るものと考えられるようになった。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
享楽きょうらく手段の発達している事といったら、世界一と断言していいでしょう。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すべきことを失ったようなぼくは、あなたのことを、やっと具体的に考える機会にめぐまれた訳ですが、ぼくの心のいやしさからか、遠すぎるあなたの代りは、身近くのあてもない享楽きょうらくを求めて
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
……「素朴そぼくな」人間の心を喪失そうしつしている。都の人達はみんな利己主義です。享楽きょうらく主義です。自分の利慾しか考えない。自分の享楽しか考えない。みんな自己本位の狭隘きょうあいなる世界に立籠たてこもっています。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そこで、この財産を君の意志に反して、別の女との享楽きょうらくに使おうとすれば、君を殺すよりない。そうすれば正式に結婚しているのだし、君には身よりもないのだから、全財産があの男にころがりこむ。
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
享楽きょうらくの流れに身を投ずることもできる。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
ただ事実として、ひとの死に対しては、美しい穏やかな味わいがあるとともに、生きている美禰子に対しては、美しい享楽きょうらくの底に、一種の苦悶くもんがある。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はトンネルからトンネルへはいる車中の明暗を見上げたなり、いかに多少の前借の享楽きょうらくを与えるかを想像した。あらゆる芸術家の享楽は自己発展の機会である。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いずれにしても、彼らの働く意思は、食のためとか、享楽きょうらくのためとか、それ以上に出ていなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
翌る日も、その次ぎの宵も——和泉屋は自分だけ知ってる秘密を享楽きょうらくするのにいっぱいだった。
「ひょっとしたら、安宅先生は世にも贅沢ぜいたくな人生の享楽きょうらく者なのではあるまいか」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
銭形の平次は夕飯の膳を押しやって胸いっぱいの涼風を享楽きょうらくしている姿です。
打ったりなぐったりしたという春琴のごときは他に類が少いこれをもって思うに幾分嗜虐性しぎゃくせいの傾向があったのではないか稽古に事寄せて一種変態な性慾せいよく的快味を享楽きょうらくしていたのではないかと。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
恐ろしい生活、しかし今日までさまざまの享楽きょうらくを求めてきた身にとって、一面に於て、これほど異常なエクスタシーを与えてくれるものはなかった。これほど生命の価値を感じたことはなかった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それからの享楽きょうらく妄想もうそうして、夢中むちゅうで、合宿を引き上げる荷物も、いい加減にしばりおわると、清さんが、「坂本さん、今夜は、家だろうね」とからかうのに、「勿論もちろんですよ」こう照れた返事をしたまま
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
悪貨あっか濫発らんぱつが、いかに正直な細民生活を、底の底までへ、みじめに、突き落しているか、幕府の一部大官たちのみに、いよいよ飽慾ほうよく享楽きょうらくの資をゆたかにさせているか、赤穂の田舎にいても
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男の方にはヘロイズムがなくなって享楽きょうらく生活を非常に重要視している。
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)