上框あがりかまち)” の例文
上框あがりかまちの板の間に上ると、中仕切なかしきりの障子しょうじに、赤い布片きれひものように細く切り、その先へ重りの鈴をつけた納簾のれんのようなものが一面にさげてある。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
が、入る時見た、襖一重ふすまひとえが直ぐ上框あがりかまち兼帯の茶の室で、そこに、まげった娑婆気しゃばきなのが、と膝を占めて構えていたから。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ジロジロ四辺あたりを見廻わしながら、上ろうともせず随分邪魔な、上框あがりかまちへデンと腰かけ、片足を膝の上へヒョイとのっけ、楊子で前歯をせせり出した。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
広巳は上框あがりかまちへ出て婢の出した瓶子と茶碗を引ったくるように執り、いきなりそこへ胡座あぐらをかき、瓶子の栓を口でいて、どくどくといで飲んだ。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
万平は上框あがりかまちへヘタヘタと両手をいた。奥から一パイ飲んだらしい中禿ちゅうはげの親方が、真赤な顔をして出て来た。青い筋が額にモリモリと浮上っていた。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
入口の上框あがりかまちともいうべきところに、いと大なる石を横たえわたして崩れついえざらしめんとしたる如きは、むかしの人もなかなかに巧みありというべし。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
有本老人はじめ「あツ、痛い、先生にはかなはん」と、後につゞく二三人もばた/\負けて脹脛こむらをさすつてゐるのを、私とAさんとは上框あがりかまちに腰掛けて見てゐた。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
上框あがりかまちに腰をおろした平次の袂へ、多の市の痩せさらばへた手が、ワナワナと蔓草つるくさのやうにからみ付くのです。
稍々ややあって男が二三寸格子戸を開き、どうぞ、と声を掛けたので、いそいそと内部へ這入りましたが、男は私を玄関の三和土たたき上框あがりかまちに座布団を置いて坐わらせた丈で
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
と言つて、定次郎は腹掛から五十銭銀貨一枚出して、上框あがりかまちに腰かけてゐるお定へ投げてよこした。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
女衒は上框あがりかまちに腰を下して片足を膝に組みながら、鋭く凡太に一瞥を呉れたが、すぐに目をらしてそ知らぬ顔をつくり、二階へ上つた女中に向いて「もう上つてもよいのか」と
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
穴を抜けたようにかぎの手に一つ曲って、暗い処をふっと出ると、上框あがりかまちえんがついた、吃驚びっくりするほど広々とした茶の間。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別に客もないので甚九郎は煙管きせるをくわえたなりで、うとうととしていると何か重くるしい物音がした。店の上框あがりかまちへ腰をかけたわかい女の黒い髪と背が見えた。
山姑の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから釜山の事務所に帰って、銭湯せんとうに飛込むと、何か知らピリピリと足にみるようだから、おかしいなと思い思い、上框あがりかまち燈火あかりの下に来てよく見ると……どうだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「まアあなた。待って頂戴。」とお千代は上框あがりかまちから滑り落ちながら、しっかり男の袂を押える。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これだけで訪問の禮は既に終つたから、平生いつもの如く入つて行かうと思つて、上框あがりかまちの戸に手をかけようとすると、不意、不意、暗中に鐵の如き手あつて自分の手首をシタタカ握つた。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
松太郎は氣拔けがしたやうに、上框あがりかまちに崩折れました。
直ぐそこの長火鉢を取巻いて、三人ばかり、変な女が、立膝やら、横坐りやら、猫板に頬杖やら、料理の方はひまらしい。……上框あがりかまちの正面が、取着とッつきの狭い階子段はしごだんです。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小しまは大阪格子を後にしたる上框あがりかまちへ腰をかけ、散らばつた『都新聞みやこしんぶん』の間より真鍮しんちゅう長羅宇ながラウ取り上げながら、兄さん、パイレートの絵はたまつたかへ。貰ひに来たんだよ。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
突然いきなり這麽こんな事を口汚く罵つて、お由はドタリと上框あがりかまちの板敷に倒れる。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
尼様が上框あがりかまちまで送って来て、分れて出ると、戸を閉めたの。少し行懸ゆきかかると、内で
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)