上唇うわくちびる)” の例文
女は上唇うわくちびる下唇したくちびるとを堅く結んで、しばらく男の様子を見ていたが、その額を押さえている手を引き退けて、隠していた顔をのぞき込んだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
禅智内供ぜんちないぐの鼻と云えば、いけで知らない者はない。長さは五六寸あって上唇うわくちびるの上からあごの下まで下っている。形は元も先も同じように太い。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
上唇うわくちびるがまくれようとする。とはいえここで笑ったが最後、化けの皮がげるだろう。「これ途方もなく悪い奴だ」物々しい調子でやり出した。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くくあごをわざと突き出したほど上をき、左の牙歯いときりば上唇うわくちびるんでいるので、高い美しい鼻は高慢らしくも見える。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
足は忘れたか投出した、腰がなくば暖簾のれんを立てたようにたたまれそうな、年紀としがそれでいて二十二三、口をあんぐりやった上唇うわくちびるで巻込めよう、鼻の低さ、出額でびたい
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二枚の門歯の根の方が鉄漿かねを染めたやうに黒く、右の犬歯の上に八重歯が一つ、上唇うわくちびるの裏へ引っかかるほどに尖っていて、それをあどけないと云う人もあろうが
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こまかいきれいな歯をくいしばってりきんでいて、上唇うわくちびるに長い二本のひげをはやし、下唇に二本の短い髭をはやし、そのくせ、ごく小さなかわいい目でいつも笑っており
山の別荘の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
も一つの小さな曲線が、鼻と上唇うわくちびるとを隔て、その上唇は開きかかってる口の上にまき上って、にこやかなものうさに唇をとがらした様子になっていた。下唇は少し厚かった。
彼女の魅力の短い上唇うわくちびるを、ニッと曲げて微笑したが、目に不安の色がただよっていた。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
稚児ちごまげにっていて、寸の短い着物に前垂まえだれをかけていた。上唇うわくちびるがきもちむくれていて、いつもかすかに口をあけているような感じであったが、気になるというほどではなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
眼尻めじりをなで、上唇うわくちびるをこすり、顎のしわをかくきれいな手も、はっきりと見えた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ガラッ八は少しあごを突き出して、長い舌でペロリと上唇うわくちびるめました。
よしや此恋諏訪すわうみの氷より堅くとも春風のぼや/\と説きやわらげ、凝りたるおもいを水に流さし、後々の故障なき様にせではと田原は笑顔えがおあやしく作り上唇うわくちびるしばなめながら、それは一々至極の御道理
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
黒い怜悧れいりな打ち解けたごくやさしい近視の眼、多少太い鼻、上唇うわくちびるすみの小さな黒子ほくろ、ややふくれた下唇をかわいらしくとがらして突出させるしずかな微笑、などをもっていた。