黒羅紗くろらしゃ)” の例文
寺の内外は水を打ったようにしずまった。箕浦は黒羅紗くろらしゃの羽織に小袴こばかまを着して、切腹の座に着いた。介錯人馬場は三尺隔てて背後に立った。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
黒羅紗くろらしゃの服が支給されて、秋風に海岸通りの夜が少し肌寒く覚えるころまで、旗岡巡査と田辺剣三郎刑事は、出張先の横浜にいた。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お母さんは田舎風の黒羅紗くろらしゃのトンビを引きよせ、部屋に居てもそれを引掛けて、寒い国から東京へ出て来たという容子ようすをしていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の乗った方には、二重マワシを着た長顔の鬚の白い老人と、黒羅紗くろらしゃの筒袖の外套を着た三十恰好の商人体しょうにんていの男とが乗っていた。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
黒羅紗くろらしゃの立派なジャンパーを腰のところで締め、綺麗きれい剃刀かみそりのあたったあごを光らせながら、清二は忙しげに正三の部屋の入口に立ちはだかった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
芝の大鐘おおがねは八ツ時でちらり/\と雪の花が顔に当る処へ、向うから白張しらはりの小田原提灯を点けて、ドッシリした黒羅紗くろらしゃの羽織に黒縮緬の宗十郎頭巾そうじゅうろうずきん紺甲斐絹こんがいきのパッチ尻端折しりはしおり
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
はかますそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントのボタンはずしながら
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒羅紗くろらしゃの筒袖の陣羽織を着て野袴を穿いていました。門番の足軽が言った通り、今まで調練の指図さしずをしていたのが、それが済んでからここへ来て、書物を開いて何か書いているのでありましょう。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
柔い黒羅紗くろらしゃ外套がいとう色沢いろつや、聞きれるようなしなやかな編上げの靴の音なぞはいかに彼の好奇心をそそったろう。何時の間にか彼も良家の子弟の風俗を学んだ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ぽかり/\と駒下駄こまげた穿いて来る者は、立派な男でなり臘虎らっこの耳つきの帽子をかぶり、白縮緬しろちりめん襟巻えりまきを致し、藍微塵あいみじんの南部の小袖こそでに、黒羅紗くろらしゃの羽織を着て、ぱっち尻からげ、表附きの駒下駄穿き
彼は相国寺しょうこくじから参内する仏国公使ロセスを見ることはかなわなかったが、南禅寺を出たオランダ代理公使ブロックと、その書記官の両人が黒羅紗くろらしゃ日覆ひおおいのかかった駕籠かごに乗って
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黒羅紗くろらしゃ山岡頭巾やまおかずきん目深まぶかかぶり、どっしりとしたお羽織を着、金造きんづくりの大小で、紺足袋に雪駄せった穿き、今一人いちにんは黒の羽織に小袖を着て、お納戸献上なんどけんじょうの帯をしめて、余りしょうは宜しくないと見えて
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その前へ来て黒羅紗くろらしゃ日覆ひおおいなぞのかかった駕籠をめさせる諸大名もなければ、そのたびに定紋じょうもん付きの幕を張り回す必要もない。広い板敷きのところは、今は子供の遊び場所だ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時には捧の前後に取りつく四人の駕籠かきが肩がわりをするので、正香らは黒羅紗くろらしゃ日覆ひおおいの下にくっきりと浮き出しているような公使らの顔をその窓のところに見ることはできた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから囲炉裏ばたにかしこまって、主人らのしたくのできるのを待った。寿平次は留守中のことをわき本陣の扇屋おうぎやの主人、得右衛門とくえもんに頼んで置いて、柿色かきいろ黒羅紗くろらしゃえりのついた合羽かっぱを身につけた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)