かけ)” の例文
彼女はいきなり自動車から引出された男のそばにかけ寄った。そこにぐったり寝て、顳顬こめかみに血の塊りをつけた男は木島三郎であった。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
女中や書生等の家人たちが、さも大手柄おおてがらの大発見をしたように、功を争ってヘルンの所へかけつけるので、いつも家中がなごやかににぎわっていた。
ですから——ああああ、毎日々々、彼方是方あっちこっちかけずり廻って新聞を書くのかナア——そんなことをして、この生涯が何に成る——とまあ思うんです
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大学では講師として年俸八百円を頂戴ちょうだいしていた。子供が多くて、家賃が高くて八百円では到底とうてい暮せない。仕方がないから他に二三軒の学校をかけあるいて、ようやく其日を送って居た。
入社の辞 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此の瞬間ふと忌はしい考へが頭の中をかけつた。そして其の考への閃光せんくわうの中に彼女の良人をつとの顔が、あの大きい鼻が、義眼のやうな眼があり/\と浮び現はれた。彼は胸苦しかつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
六頭の馬は一枚の敷物でかくせるくらい接近してかけっていた。
その聲に誘はれて、おつぎとおりかがかけ出して行つた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
かけつこなら あたしだつてけないわ
いつかなかけえつべし
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
なしたる處へ養父やうふ與惣次いき繼敢つぎあへ馳來はせきたればお專は打悦うちよろこ挨拶あいさつの先にたつのは涙にて左右ことばいでざれば與惣次はお專に向ひ其なげきは道理もつともなり昨日聞きたる傳吉の災難さいなんすぐまゐらうと氣はせくといふとも何もる年に心の如く身はうごかず漸々やう/\かけ出し參りたり仔細しさいは何じやとたづぬるにおせんは涙のかほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
鷺太郎も、引つけられるように、その人の群にまざってのぞきみると、早くもかけつけたらしいあの山鹿十介が、その脈を見ていた学生と一緒に、手馴てなれた様子で、抱き起していた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼はそれに乗って諸方ほうぼうかけずり廻るにはえられなく成って来た。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二十間もはなれて、その間に、大勢の人がながら、すぐ傍にいた学生を除いては、第一にかけつけて来た、ということは、その娘にずーっと注意していた、ということの証拠になると思うね。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)