顎鬚あごひげ)” の例文
宗十頭巾に十徳じっとく姿、顎鬚あごひげ白い、好々爺こうこうや然とした落語家はなしか仲間のお稽古番、かつらかん治爺さんの姿が、ヒョロヒョロと目の前に見えてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
背丈は一メートル五十ちょっとで、痩せていて白髪頭で、しかしまっ黒な口髭をぴんとはね、やはりまっ黒な顎鬚あごひげをたくわえていた。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
顎鬚あごひげ綺麗きれいに削り、鼻の下のひげを短かく摘み、白麻の詰襟服つめえりふくで、丸火屋まるぼやの台ラムプの蔭に座って、白扇はくせんを使っている姿が眼に浮かぶ。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大巻運平老は、とぼけたようにそう答えて、顎鬚あごひげをぐいとひっばった。その大きな眼玉は、天井を見ている。あまり愉快そうな表情ではない。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
近づいて行って見ると、玄蕃允は、小姓の一名に鏡を持たせ、また一名には鬢盥びんだらいを捧げさせて、青空の下に他念なく、顎鬚あごひげっているところだった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田舎で春から開業している菊太郎の評判などを、小父おじが長い胡麻塩ごましお顎鬚あごひげ仕扱しごきながら従姉いとこに話して聞かせた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
或時レオナルドがいつものやうに長い顎鬚あごひげしごきながら、市街まちを散歩してゐると、五六人の若い市民が、ダンテの詩に就いて、やかましく議論をしてゐるのに衝突ぶつつかつた。
おとうさんは顎鬚あごひげのそりあとをつややかにかげに照らして煙草たばこのけむりをしずかに吐いてゐました。
秋の夜がたり (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
あまり背が高くなく、痩せこけて、弱々しげな体格をして、髪の毛も赤く、まばらな顎鬚あごひげも赤みがかかっていたが、この鬚はささくれ立ったあかすりの糸瓜へちまにそっくりであった。
文部省がこのような教師を雇いいれたことは手柄であった。ブルウル氏は、チエホフに似ていた。鼻眼鏡を掛け短い顎鬚あごひげを内気らしく生やし、いつもまぶしそうに微笑ほほえんでいた。
猿面冠者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「畜生!」と、彼は椅子から飛びあがって、憤怒の余りに顎鬚あごひげを逆立てて叫んだ。
笠松博士は、半分ほども銀色の白毛しらがの混っている長い顎鬚あごひげを静かに扱きながら、私達学生席の方を、学生の一人一人の顔を睨みつけるような眼をして、錆のある声で朗々と続けて行った。
その濃い口髭くちひげ顎鬚あごひげとは、博士の顔に冒すべからざる威厳を与えていた。
博士は顎鬚あごひげをしごきながら、おもむろに語をついでいう。
心霊の抱く金塊 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
壁土をこねる男の顔みしが顎鬚あごひげのみのみゆるなりけり
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
そのくぼんだ眼と、突き出た頬骨と、一寸あまりにも延びた黄色い顎鬚あごひげとが、静かな遠いところへ彼を引っぱっていくように思えたのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
……鼻がんがって……眼が落ちくぼんで……頭髪あたま蓬々ぼうぼうと乱れて……顎鬚あごひげがモジャモジャと延びて……。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一座はお庄の知らない顔ばかりであった。顎鬚あごひげの延びた叔父の顔は、蒼白い電燈の光にやつれて見えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
調子はずれの軍歌を唄いながら、桜の下から顎鬚あごひげの濃い五十男が、加奈子の佇って居る庭に面した廊下の窓の方へ現われた。だぶだぶの帆布のようなカーキ色の服を着て居る。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それまで、畳にあぐらをかき、顎鬚あごひげをむしって天井ばかりを見ていた権田原先生は、思い出したようにたずねた。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
中佐である養嗣子やうしし顎鬚あごひげには、少し白い毛が交つてゐた。久しくはなかつた嫁さんは、身装みなりもかまはずに、肥つた体を忙しく動かして、好きマダム振りを発揮してゐた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
すると門口から、の馬鹿に高い、頭のつるつるに禿げた、真白な顎鬚あごひげのある老人がはいって来た。次郎は、一目見ると、それが母の葬式の時に来ていた人だということを、すぐ思い出した。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
半白の顎鬚あごひげを胸まで垂らした老骨相家は言うのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、正木のお祖父さんは、静かに眼をつぶって、また顎鬚あごひげをしごいた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)