青桐あおぎり)” の例文
そのライラックの木の西に、まだ芽を出さない栴檀せんだん青桐あおぎりがあり、栴檀の南に、仏蘭西語で「セレンガ」と云う灌木かんぼくの一種があった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何となく白ッぽい林檎りんごの葉や、紅味を含んだ桜や、淡々しい青桐あおぎりなどが、校舎の白壁に映り合って、楽しい陰日向かげひなたを作っている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
玄関の夾竹桃きょうちくとうも僕が植えたのだ、庭の青桐あおぎりも僕が植えたのだ、と或る人にたのんで手放しで泣いてしまったのを忘れていない。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
曲尺かねじゃくに隅を取って、また五つばかりあかがねの角鍋が並んで、中に液体だけはたたえたのに、青桐あおぎりの葉が枯れつつ映っていた。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は庭から縁側へ廻って、青桐あおぎりの葉影の落ちるあたりへ腰を下ろすと、お勢はいそいそと立って渋茶を一杯、それに豆落雁まめらくがんを少しばかり添えて出しました。
しいんと遠のいた江戸の巷音こうおんだ。はねつるべの音がしていた。その、番傘ばんがさをさして水をくんでいる国平の番傘が、青桐あおぎりの幹のあいだに、半分だけ見えていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いちじくの青い広葉はもろそうなものだが、これを見ていると、何となくしんみりと、気持ちのいいものだから、僕は芭蕉葉ばしょうば青桐あおぎりの葉と同様に好きなやつだ。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
午後二時ごろで、たいがいの客は実際不在であるから家内やうちしんとしてきわめて静かである。中庭の青桐あおぎりの若葉の影がきぬいた廊下に映ってぴかぴか光っている。
疲労 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
とある空地あきちえた青桐あおぎりみたいな、無限の退屈した風景を映像させ、どこでも同一性の方則が反覆している、人間生活への味気ない嫌厭けんえんを感じさせるばかりになった。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
蝉のもっとも集注するのは——集注がおかしければ集合だが、集合は陳腐ちんぷだからやはり集注にする。——蝉のもっとも集注するのは青桐あおぎりである。漢名を梧桐ごとうと号するそうだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
バサッ——と窓際まどぎわ青桐あおぎりが揺すれ、人の駈け出すような寒竹かんちくのそよぎがした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青桐あおぎりの葉は、ばたばた鳴って女の坐っている窓の前で、黒い、大きな、掌と掌とが叩き合って夜のやみを讃美する。黒い掌の鳴る方に当って、森の腐れから、孵化ふかした蚊が幾万となく合奏し始めた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日が暮れかかっているけれども、庭はまだ明るいので、境界の青桐あおぎり栴檀せんだんの葉の隙間すきまから、西洋映画でよく見るところの抱擁ほうようの場面が見えた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こういう森彦の葉書を受取って、三吉は兄の旅舎やどやを訪ねた。二階の部屋から見える青桐あおぎりの葉はすっかり落ちていた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「芭蕉はよく持つものだよ。この間から今日は枯れるか、今日は枯れるかと思って、毎日こうして見ているがなかなか枯れない。山茶花さざんかが散って、青桐あおぎりが裸になっても、まだ青いんだからなあ」
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだ新しいけれど粗末な家であった。家の傍には、幹ばかりの青桐あおぎりが二本たっている。若葉が、びらびらと湿っぽい風に揺れている。井戸がその下にあって、汲手くみてもなく淋しい。やはり雨が降っている。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
朝夕の涼しい時刻には庭の青桐あおぎり栴檀せんだんの樹のあたりで、電車ごっこや木登りをして遊ぶのであるが、日中は家の中で、少女たちばかりの時は飯事ままごとをし
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
部屋の障子の開いたところから、青桐あおぎりの葉が見える。一寸ちょっと三吉は廊下へ出て、町々の屋根を眺めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
シュトルツ家との境界にある栴檀せんだん青桐あおぎりの葉はおびただしくしげって、その二階建ての洋館を半ばおおい隠していた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夏らしい涼しい雨は開けひろげた障子の外に見える青桐あおぎりの幹をも伝って流れていた。縁先に立つ古く細い松の根、こけえた庭石、青々としたささの葉、皆れて見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庭にある大きな青桐あおぎりの方から聞えて来るせみの鳴声は、にわかに子供の部屋をひっそりとさせた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)