金港堂きんこうどう)” の例文
それとも一方いつぱうには小説雑誌の気運きうん日増ひましじゆくして来たので、此際このさいなにか発行しやうと金港堂きんこうどう計画けいくわくが有つたのですから、早速さつそく山田やまだ密使みつしむかつたものと見える
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
白皙はくせき、黒髪、長身で、おとなしやかな坊ちゃん育ちも、彼の覇気はきは、かなり自由に伸びて、雑誌『みやこの花』主幹として、日本橋区本町の金港堂きんこうどう書店から十分な月給をとっていたうえに
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ここに本町一丁目の金港堂きんこうどう明治三十五年の頃突然文学婦人少年等の諸雑誌ならびに小説書類の出版を広告して世の耳目じもくを驚かせしことあり。金港堂といへば人に知られし教科書々類の版元はんもとなり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
が、新聞で読んで感嘆したのはマダ一部少数者だけであったが、越えて数月この「武蔵野」を巻軸として短篇数種を合冊した『夏木立なつこだち』が金港堂きんこうどうから出版されて美妙斎の文名が一時に忽ち高くなった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
◦西洋料理法 日本橋区本町三丁目金港堂きんこうどう、五十銭
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
社の方でも山田やまだ平生へいぜい消息せうそくつまびらかにせんと具合ぐあひで、すき金港堂きんこうどうはかりごともちゐる所で、山田やまだまた硯友社けんいうしやであつたため金港堂きんこうどうへ心が動いたのです、当時たうじじつ憤慨ふんがいしたけれど
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
(三)は金港堂きんこうどう優勢いうせいおされたのです、それでも経済けいざいの立たんやうな事は無かつたのです、しからうおほくしてをさむる所がきはめて少いから可厭いやつてしまつたので、石橋いしばしわたし連印れんいん
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)