野末のずえ)” の例文
男は部落の裏を巧みに縫って、やがて一本の街道を早足で横切ると、あとはいちめんな野路のじだった。それも尽きて、野末のずえの山を見ると
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野末のずえの墓場などへ忍んで行ってひとしきり観念を凝らしてから、明け方にこっそり戻っていたのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どこぞに百姓家ひゃくしょうやでもつけ次第しだいたのんで一晩ひとばんめてもらおうとおもいましたが、おりあしくはらの中にかかって、見渡みわたかぎりぼうぼうとくさばかりしげったあき野末のずえのけしきで
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
野末のずえ一流ひとながれ白旗しらはたのやうになびいて居たのが、横に長く、縦に広く、ちらと動いたかと思ふと、三里の曠野こうや、真白な綿わたで包まれたのは、いまげようとするとほとん咄嗟とっさかんこと
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と七兵衛が、今更の如くにまた呆れた時分に、日は野末のずえに落ちかかりました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「赤い夕日に照らされて、友は野末のずえの石の下、」
木馬は廻る (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
されば、有馬街道から西の野末のずえでございました。ひるの合戦に、そこらは馬のかばねやら兵のむくろがさんをみだしておりまする。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一度などは、都を離れた遠い野末のずえに行き倒れていたのを捜し出されたとやらで、戻った時の姿を見ると、髪は乱れ、衣は破れ、手足は泥にまみれて、乞食坊主こじきぼうずのようになっていた。乳人はあきれて
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
其のあわい遠ざかるほど、人数にんずして、次第に百騎、三百騎、はては空吹く風にも聞え、沖を大浪おおなみの渡るにもまごうて、ど、ど、ど、ど、どツと野末のずえへ引いて、やがて山々へ、木精こだまに響いたと思ふとんだ。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ならば、もそっとお身も飲み給え。もし高氏が、武運つたなく、野末のずえかばねをさらしたら、道誉、おぬしに、くれてつかわすよ」
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
果たせるかな、太史慈は、三千の味方を誘って、時も違えず、彼方の野末のずえから、一陣の草ぼこりを空にあげて帰って来た。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな天女を野末のずえに迷わせておかないでも、おれの女房に持つことはできないものか。持って不思議はないではないかと。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妖麗ようれい夜霞よがすみをふいて、三方みかたはら野末のずえから卵黄色らんこうしょく夕月ゆうづきがのっとあがった。都田川みやこだがわのながれは刻々こっこくに水の色をぎかえてくる、——あい、黒、金、銀波ぎんぱ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さきほどからみるに、わざと、道なき野末のずえへあんないしていくはあやしい。いったいどこへまいる気だ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、駕の中から野末のずえをすかしてみると、すぐそこに、一条の流れが、銀流のように見える。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陽は沈んで、刻々、三方ヶ原の野末のずえには、白い夕靄ゆうもやと夜の闇とが、二条ふたすじに濃くわかれていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「将軍。賊の大兵を見るに、野末のずえをぐるぐる輪をかいて馳け、いまや、ま南へ廻ってますが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野末のずえのおくにさそいこまれて、このおとしあなにかかった穴山梅雪入道あなやまばいせつにゅうどうは、馬からおちんばかりにぎょうてんしたが、あやうくくらつぼにみこたえて、腰なる陣刀をひきぬき
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「敵らしいぞ」と、野末のずえのほうへ、小手をかざしてさわぎ合っている。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして親しく中軍の士気をはげましているうちに、野末のずえの一端が、黄いろい砂塵さじんにけむり出した。——するとその土ぼこりはたちまち全面にひろまってきた。もうもうと、何かが泰家に迫っている。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野末のずえへ、影が、小さくなってゆく——。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)