見境みさかい)” の例文
根が悪徒ではござりませぬ、取締りのない、ただぼうと、一夜酒ひとよざけが沸いたようなやっこ殿じゃ。すすきも、あしも、女郎花おみなえしも、見境みさかいはござりませぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やれやれ、こんなお馬鹿さんには全く降参こうさんだよ。他人に言っていいこととわるいこととの見境みさかいがちっともつかないんだからなあ。
「そそっかしい鼠だね。船の中に住んでると、そう見境みさかいがなくなるものかな」と主人は誰にも分らん事を云って依然として鰹節をながめている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もしスパセニアがいなくて、ジーナとただ二人だったならば、おそらく私は前後の見境みさかいもなく、ジーナをネジ伏せてその場に思いを遂げてしまったでしょう。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
益々ますますこうじて来た病的な空想に耽り、昼と夜との見境みさかいのない生活を続けていたものである。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
犬だって見境みさかいがあらア、平常ふだん乱暴なことをするから、お前の顔を見るとうなるじゃないか。——あの通りだよ、また兄哥あにき。目白までつれて行ったところで、大した役には立つまい
すっぱりと手を切るから、手切金てぎれきんの五十両、なんとか工面くめんをしてくれと千賀春にいわれ、のぼせ上って前後の見境みさかいもなく親爺おやじ懸硯かけすずりから盗みだして渡したが、手を切るとは真赤な嘘。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「親父はうも公明正大過ぎて困るよ。店のことになると他人も身内も見境みさかいがない」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
食らやがって、人の見境みさかいなく喧嘩でも吹ッかけやがったに違いねえ。ざまア見やがれ、といってやるところだが、悪い奴でも、こんな深傷ふかでを負っちゃ可哀そうだ。オオ、番屋の戸板を外してきねえ
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一郎は前後の見境みさかいもなく、石垣の横手からいこんだ。そこには大きなふきの葉がしげっていたが、彼が猛然とその葉の中に躍りこんだとき、思いがけなくグニャリと気味のわるいものを踏みつけた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それとも片はずしというようなことかと、くわしく聞いてみたでございますが、当人その辺はまるで見境みさかいがございません。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ見境みさかいなくけさえすれば車夫の能事畢のうじおわると心得ている点に至っては、全く朝鮮流である。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「懇意になるほど無遠慮なことを言うから始末が悪いよ。相手と場合の見境みさかいがない」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
前後の見境みさかいなく、女房はその女客を片腕で制して押し戻した。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
獣を殺しますに、兄弟の、身代りの見境みさかいがあるかいの。うおも虫も同様おなじでの。親があるやら、一粒種やら、可愛いの、いとしいの、分隔てをめされますかの。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それがある事情のため断然英国を後にして単身日本へ来る気になられたので、らの教授を受ける頃は、まだ日本化しない純然たる蘇国語スコットランドごを使って講義やら説明やら談話やらを見境みさかいなくられた。
っと怪しいか? ガヷナーは他人も身内も見境みさかいがないからね」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
うつつと幻との見境みさかいさえ附きかねた。その上、寒気はする、かしらは重し、いや、たまらぬほど体がだるい。夜が明けたら、主人の一診を煩わそうまでは心着いたが、先刻さっきより、今は起直る力がない。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼に色を見ないせいか、外の暴風雨あらしは今までよりは余計耳についた。雨は風に散らされるのでそれほど恐ろしい音も伝えなかったが、風は屋根もへいも電柱も、見境みさかいなく吹きめくって悲鳴を上げさせた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)