蕭殺しょうさつ)” の例文
その墓地の蕭殺しょうさつたる眺めが、そんなにもするどく彼の心を撃ったのは、かれらが「罪人であった」という理由からであるかもしれない。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
天狗の宮にはまつる者がなく窩人の住家すみかには住む者がなく、従来いままで賑やかであっただけにこうなった今はかえって寂しく蕭殺しょうさつの気さえ漂うのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そしてその無数なる霊感は霧のごとく蕭殺しょうさつたるものをみなぎらし、各部隊の上にはためく水色桔梗みずいろききょうの九本旗にも、雲をつようなすがたがあった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蕭殺しょうさつたるの秋の風は、よい一際ひときわ鋭かつた。藍縞あいじまあわせを着て、黒の兵子帯へこおびを締めて、羽織も無い、沢のわかいがせた身体からだを、背後うしろから絞つて、長くもない額髪ひたいがみつめたく払つた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
君はすくなからず蕭殺しょうさつたる色相とデスペレートな気分とを帯びてるごとく見えたからである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
石白く茫々たるかわらの草も末枯れて茜色に染まり、穂のあるものはとくに穂を吹かれてしまった蕭殺しょうさつたる景色であった。冬が起き上ったような物憂い寒々した腰つきが、川原一杯に感じられた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
秋風というと色のさめた蕭殺しょうさつの気のあるものとのみ考えられていた元禄時代には思いつかぬ趣向であります。こういわれてみると、こんな色彩のある一面も秋風のうちに見出されるのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
頭はえているし、心もしずかだった。ただひとところ、からだのどこかに蕭殺しょうさつと風のふきぬけるような空隙くうげきがかんじられた。
日本婦道記:松の花 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
馬蹄をしのばせて、蕭殺しょうさつたる疎林そりんの中を、忍びやかに進んで行った。万樹すべて葉をふるい落し、はや冬めいた梢は白骨を植え並べたように白かった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と銀河を仰ぎ、佩剣はいけんの秋蕭殺しょうさつとして、かささぎのごとく黒く行く。橋冷やかに、水が白い。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに、この数日来というものは、語気にも霜のようなきびしさと蕭殺しょうさつたる態度があって、ほとんど人をも近づけぬ烈しさが眉にあらわれることがある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さなきだに、この辺は、赤城颪あかぎおろしの蕭殺しょうさつたる風土と人心を、あるがままにしている坂東ばんどう平野の広茫こうぼうなのだ。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しめっぽい川辺の夜風も、山と山に狭ばめられた初秋の空も、蕭殺しょうさつとした墨いろの中に鬼気をもって、なんともいい難い悽愴せいそうという感は、むしろ今夜のほうがつよい。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本能寺から立ちのぼる煙は全市の上をおおい、町筋は人影ひとつ見えず、蕭殺しょうさつの気にみちていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気のせいか、蕭殺しょうさつとして、それが聞えた。長門ながと領の山からひろがった白雲が、ちょうど中天の太陽を時折かすめて、陽がかげると、全島の樹々やしののそよぎが、暗くなった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこへ入ると、もう蕭殺しょうさつの気が肌に沁む。草むらに、灌木かんぼくの中に、兵は銃列をいて、身を屈している。槍隊は槍をにぎって、まだ何も見えない姉川の一水いっすいをにらんでいる。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、俄に、蕭殺しょうさつたる風の傷みに胸を吹かれ、思わず口に念仏がついて出た。——またさらには、義貞の鎌倉入りに、足利家もまた、無傷ではなかったのだと、はっきり思う。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝霧に、夕霧に、一日まし、秋は蕭殺しょうさつと、恵那えなの高原から、人間の通う峠へも下りてくる。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年を越えても冬空は蕭殺しょうさつとして灰色の暴威をふるっていた。建仁三年の一月の朝である。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただよろい具足の列座であるだけが蕭殺しょうさつたる気をただよわせていないこともない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこに立つと蕭殺しょうさつたる風を生じ、鬼気肌に迫るものが覚えられまする
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)