苫屋とまや)” の例文
都の人は花も紅葉もない浦の苫屋とまやを見渡して愉快に感じ、つねに苫屋の中に住んでいる浦人らはかえって浅草の仲見世を嬉しがる。
その幹の間から並んで動いて行く小さい苫屋とまやが見えた。あたたかな砂浜には人が多ぜいいかなごをる網を曳いて居た。犬が吠え廻った。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
当時海外折衝の要地であった長崎港を間近に控えた島原天草の地には勿論、苫屋とまや苫屋の朝夕に、ひそかな祈りがなされ、ひそかに十字が切られた。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
深々と苫屋とまやを伏せて、屋根より高く口を開けたり、家より大きく底を見せたり、ころりころりと大畚おおびくが五つ六つ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
千載茲許ここもとに寄せては返す女浪めなみ男浪おなみは、例の如く渚をはい上る浪頭の彼方に、唯かたばかりなる一軒だち苫屋とまやあり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「演芸新潮」では菊池寛の『浦の苫屋とまや』を読んだ。無論、さう大したものではなかつた。
三月の創作 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
呉羽 苫屋とまやに雨の漏らぬように、軒のやぶれもつくろうて置かねばなりますまい。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
漁師夫婦が苫屋とまやをさして漕ぎゆくに、日もはや暮れて、岸には「アイヘン」、「エルレン」などの枝繁りあひ広ごりて、水は入江の形をなし、蘆にまじりたる水草に、白き花の咲きたるが
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そうしてまた更に時としては、その山と海との間に散在する、苫屋とまやの屋根の上からさえ聞えた。そればかりではない。最後には汐汲しおくみの娘自身さえ、ある夜突然この唄の声に驚かされた。——
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
口の減らないじじいめが、何を痴事たわごとかしおる! 我が日本ひのもとは神国じゃ。神の御末みすえは連綿と竹の園生そのうに生い立ちおわす。海人あまが潮汲む浦の苫屋とまやしずまき切る山の伏屋ふせや、みなこれ大君おおぎみの物ならぬはない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
早い朝食が済んで、また自動車に乗り、南部仏印での古都である、ユヱへの街を指して、一行はつて行つた。木麻黄もくまわうの並木路をかして、運河ぞひの苫屋とまやからも、のんびりと炊煙があがつてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
一里ばかり往ったところで、小さな野川の水が微白ほのじろく現われました。川のへりには一軒の苫屋とまやが黙黙として立っておりました。壮い男はその前に立って、どうして川を越したものかと考えておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しほたるるあまを波路のしるべにて尋ねも見ばや浜の苫屋とまや
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
苫屋とまやの半太郎
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
脊の伸びたのが枯交かれまじり、まばらになって、蘆が続く……かたわら木納屋きなや苫屋とまやの袖には、しおらしく嫁菜の花が咲残る。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年経つる苫屋とまやも荒れてうき波の帰る方にや身をたぐへまし
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
紅白段々だんだら洋傘こうもりは、小さくまりのようになって、人のかしら入交いれまぜに、空へ突きながらくかと見えて、一条道ひとすじみちのそこまでは一軒の苫屋とまやもない、彼方かなた大崩壊の腰を、点々ぽつぽつ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松島のあまの苫屋とまやもいかならん須磨の浦人しほたるるころ
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一場の見霽みはらしに上り着いて、海面うなづらが、高くその骨組の丈夫な双の肩にかかった時、音に聞えた勘助井戸を左に、右に千仞せんじんの絶壁の、豆腐を削ったような谷に望んで、幹には浦の苫屋とまやすか
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ケケコッコ——こだまに響くとりの声、浦の苫屋とまやか、峠の茶屋か。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木納屋の苫屋とまやは、さながらその素袍すおうの袖である。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)