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肺病
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はいびやう
上京して、はじめの
歸省で、それが
病氣のためであつた。
其頃、
學生の
肺病は
娘に
持てた。
書生の
脚氣は
年増にも
向かない。
所が、
長子のセルゲイは
丁度大學の四
年級になつてから、
急性の
肺病に
罹り
死亡して
了ふ。
子爵の
君最愛のおもひ
者など、
桐壼の
更衣めかしき
優さ
形なるが、
此奧方の
妬みつよさに、
可惜花ざかり
肺病にでもなりて、
形見の
止めし
令孃ならんには、
父君の
愛いかばかり
深かるべきを
其頬の
紅色や、
瘠方で
察するに
彼にはもう
肺病の
初期が
萠ざしてゐるのであらう。
又思出す
事がある。
故人谷活東は、
紅葉先生の
晩年の
準門葉で、
肺病で
胸を
疼みつゝ、
洒々落々とした
江戸ツ
兒であつた。(かつぎゆく
三味線箱や
時鳥)と
言ふ
句を
仲の
町で
血とともに
吐いた。