紅絹裏もみうら)” の例文
三味線棹しゃみせんざおが、壁に、鼻の下の長い自分をわらっているようにいやに長く見える。衣桁いこうに脱ぎすててあるふだん着の紅絹裏もみうらを見ても焦々いらいらする。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女夫枕めをとまくらに靜かに横たはつた花嫁の死骸は、紅絹裏もみうらの夜の物をはね退け、緋縮緬ひぢりめん長襦袢ながじゆばんのまゝ、血汐の中にひたつてゐるのです。
満枝はさすがあやまちを悔いたる風情ふぜいにて、やをら左のたもとひざ掻載かきのせ、牡丹ぼたんつぼみの如くそろへる紅絹裏もみうらふりまさぐりつつ、彼のとがめおそるる目遣めづかひしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
如何いかにも妻が云った通り、座敷の真中に、女物に仕立てられた大島の羽織と着物とが、拡げられて居た。裏を返して見ると、紅絹裏もみうらの色が彼の眼に、痛々しく映った。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
紅絹裏もみうらを付けたその着物の表には、桜だか梅だかが一面に染め出されて、ところどころに金糸や銀糸の刺繍ぬいまじっていた。これは恐らく当時の裲襠かいどりとかいうものなのだろう。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
島が屋敷奉公に出る時、おさななじみのお七が七寸四方ばかりの緋縮緬ひぢりめんのふくさに、紅絹裏もみうらを附けて縫ってくれた。間もなく本郷森川宿もりかわじゅくのお七の家は天和てんな二年十二月二十八日の火事に類焼した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夕日なゝめに差し入る狭き厨房くりや、今正に晩餐ばんさんの準備最中なるらん、冶郎蕩児やらうたうじ魂魄たましひをさへつなぎ留めたるみどりしたゝらんばかりなるたけなす黒髪、グル/\と引ツつめたる無雑作むざふさ櫛巻くしまき紅絹裏もみうらの長き袂
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それからチュッチュッと鳴る紅絹裏もみうらの袂、———私の肉体は、凡べて普通の女の皮膚が味わうと同等の触感を与えられ、襟足から手頸てくびまで白く塗って、銀杏返いちょうがえしのかつらの上にお高祖頭巾こそずきんかぶ
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
然れども、時に之等に伍して、紅絹裏もみうらなどのついたる晴やかの女着の衣裳の懸けらるゝ事なきにあらず。あたか現世このよの人の路を踏み誤つて陰府に迷ひ入れるが如し。かゝる時の亡霊共の迷惑思ひやらる。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
おもよどんが、紅絹裏もみうら糸織いとおりのどてらを長く上にかけた。
ここに起臥おきふしする無法者の乾児こぶんが、手拭だの、着替えだの、火事頭巾だの、襦袢じゅばんだのを雑多に釘へ掛けつらね、中には、誰も着手きてのいるわけがない、紅絹裏もみうらのあでやかな女小袖なども掛け
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紅絹裏もみうらのたもとから、ソッと、小さく袱紗ふくさに包んだ品を膝の上へ移しかける。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)