目当めあて)” の例文
旧字:目當
姉の家にはいたくない。どこか外に身を置くところはないものかと、さし当り目当めあてのつかない事ばかり考えつづけているのである。
或夜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
されどこの句は檀林だんりんの開祖宗因の作にして、一句の目当めあては趣にあらず、かへつて言葉の上の口あひにあること檀林の特色なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
もはや太郎は約束のことなど忘れて、白い木独楽を目当めあてに思う存分に打込んだから、まとれずに真二つに勇の独楽は割れて飛んでしまいました。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その頃、蔵前に煙突の太く高いのが一本立っていて、私は何処どこを歩いていても、大体その煙突を目当めあてにして帰って来た。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
さうすると内骨屋町筋うちほねやまちすぢから、神明しんめいやしろの角をこつちへ曲がつて来る跡部あとべまとひが見えた。二町足らず隔たつたまとひ目当めあてに、格之助は木筒きづゝを打たせた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
目当めあてもないのにウロウロ東京で放浪したところで、結局どうにもならない。電車を見ていると死ぬる事を考える。
放浪記(初出) (新字新仮名) / 林芙美子(著)
金蔵は鉄砲を取り直して構えてみたが、支え切れないと見えて、小土手へ銃身を置いて、目当めあて巣口すぐちを真直ぐに、向うから来る旅人に向けてみましたが
考えますと彼らは実用品であって、別にこれとて美しさを目当めあてに作られたのではありません。どうしても実用という世俗的な面に交ってゆくものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あたしは、もちろん、お金目当めあてにあの人とこんな関係になつたんぢやないからいゝけど、人から、たんまりお小遣でも貰つてると思はれるのが癪なくらゐだわ。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
またへやを出る事のかなわない余は、朝から晩までほとんど仰ぎ見た試しがないのだから、こう云うのも実はひさしの先に余る空のはしだけを目当めあてに想像した刻限こくげんである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
観ると、いつのまにか、目当めあての鮮やかな丘陵の緑に、裾の鼠にぼやけた白い重い雲がかぶさっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それがお互いのためだと思ったからです……最後まで一緒に生活が出来るという目当めあてもつかないのに、迂闊うかつなことをするのは大きな罪です。お互いの運命を損ねます。
そこで、黒い外套がいとうで、黒い中折帽なかおれぼうで二人揃って、夜の町へ出たとなると、忍びで乗込んだようで、私には目新しい事も多いのであるが、旅さきの見聞を記すのがこの篇の目当めあてではない。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何処か登り口はないかと夫となくあたりを見廻していた二人の眼は、期せずして其処に止った。あれを登れば大丈夫行けると目当めあてが付いたので、安心して荷を卸したまま十五分許り休憩した。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
男のひとたちの生きる唯一ゆいいつ目当めあてだったとは、まるで笑い話ですね。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたしはその声を目当めあてに近寄つた。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
横町の片側は日輪寺のトタンの塀であるが、彼方かなたに輝く燈火とうか目当めあてに、街の物音の聞える方へと歩いて行くと、じきに松竹座前の大通に出る。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どうしても目当めあてがつかないのみならず、五体が上下に動き出して、その鉄砲を支えられないという有様です。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
元来この本は若い青少年を目当めあてに書いたので、なるべく平易な叙述を心掛けましたが、この種の書き方に慣れぬため、不充分な結果に終ったことを本意なく思います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「なぜそんなら始めから僕にやろうと云わないんだ。資産や社会的の地位ばかり目当めあてにして……」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すこぶる礼儀正しい。目当めあては節子だ。節子は未だ女学生であったが、なりも大きく、顔は兄に似ず端麗たんれいであった。節子は兄の部屋へ紅茶を持って行く。風間は真白い歯を出して笑って、コンチワ、と言う。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
くらみてなげく吊橋のにほひ目当めあてにたぎち来る
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
書物やら土地の人々の話で多少目当めあてけることは出来たが、吾々の目的を説くことには難儀を感じた。どの地方の人々も吾々のような客をったことがないと見える。
地方の民芸 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「なあに大丈夫だ。ついそこだもの。あの煙りの出る所を目当めあてにして行けばわけはない」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高くとも丈夫で長持ちするからである。樺細工はよき品、長く用い得る品を目当めあてとすべきであって、消耗する如き品物に力を注ぐべきではない。樺細工は品質のよさで名を成すべきである。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)