しゃく)” の例文
「お連れさんがそこへ来ていらっしゃいやすよ。」と言ってその顎をしゃくった。その時にお増が後を振りかえった。磯野も振り顧った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おその上、四国遍路に出る、その一人が円髷まるまげで、一人が銀杏返いちょうがえしだったのでありますと、私は立処たちどころしゃくを振って飛出とびだしたかも知れません。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして考えつかれるとやっと縫物をはじめるのだ。海苔のような布片ぬのきれしゃくるようにして、暗い糸を通したりしていた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
瓶の向う側に「吐」の字が隠れているのを見落して、アトの「酒石酸」の三字だけを見ると、これだこれだというので早速さじしゃくってドッサリ口に入れた。
無系統虎列剌 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
十銭のぎゅうを七人で食うのだから、こうしなければ食いようがなかったのである。飯はかまからしゃくって食った。高い二階へ大きな釜をげるのは難義であった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あたかもむらさきの雲のたなびけるがごとし。されどもついにそのあたりに近づくことあたわず。かつて茸を採りに入りし者あり。白望の山奥にて金のといと金のしゃくとを見たり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しゃくのますと石油せきゆをくむしゃくがあって、おとこはそのしゃくあおれる液体えきたいなかむせつな、七つ八つの少年しょうねんが、熱心ねっしんにかんのなかをのぞいて、その強烈きょうれつ香気こうきをかいでいるのでした。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
古い井戸側は半分朽ちて、まっ青なこけが厚くついていて、その水のきれいなこと、あふれる水はちょろちょろ流れて傍の田圃へ這入ります。釣瓶つるべはなくて、木のしゃくがついていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「この寺は、貧乏寺だから、おさい銭はなるべくよけいにこぼして行きなよ。金持は、なおのことだ、一しゃくの甘茶に、百貫のかねをおいてゆけば、百貫だけ苦悩がかるくなることはうけあいだ」
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お上り。」と一言ひとこと言って、あごしゃくった。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
莫迦ばか正直な夏は、私たちの気も知らずにぽかんとそんなことを言ったが、私はあっちイ行けとあごしゃくった。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
……(前略)……かつて茸を採りにりし者、白望の山奥にて金のおけと金のしゃくとを見たり、持ち帰らんとするに極めて重く、鎌にて片端を削り取らんとしたれどそれもかなわず
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)