朔風さくふう)” の例文
冬の鋭い朔風さくふうが、丘の上に、いじけた樹木の裸枝を震わしていた。その風は、彼の頬を赤くなし、彼の皮膚を刺し、彼の血をむちうった。
いま彤雲とううんに起って、朔風さくふう天に雪をもよおす。まさにわが計を用うべき時である。姜維は一軍をひきいて敵近く進み、予がくれないの旗をうごかすのを
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家もなければ立木もなく、薄鼠のただ一色に見える雪の原は、ところどころ朔風さくふうに傷つけられて、黒い地肌が出ている。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それはたとい北国の雪を思わせる朔風さくふうが落ちてきてもびくともしないというような、落ち着き払って、じっと澄ましこんだ大地の春がありました。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もしこれを疑う人あらば請う北海の朔風さくふうくしけずり、寒山の氷雪に浴し、鉄鎖につながれてシベリアの採鉱場に苦役する虚無党の罪人に向かってこれを問え。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
朔風さくふうほのおあおり、真昼の空の下に白っぽく輝きを失った火は、すさまじい速さで漢軍に迫る。李陵はすぐに附近のあしに迎え火を放たしめて、かろうじてこれを防いだ。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
余は手袋をはめ、少し汚れたる外套を背におほひて手をば通さず帽を取りてエリスに接吻してたかどのを下りつ。彼は凍れる窻を明け、乱れし髪を朔風さくふうに吹かせて余が乗りし車を見送りぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
日が暮れてあたりが薄暗くなるといよいよ朔風さくふうが強く吹きつけ、眼をあいていられないくらいの猛吹雪になっても、金内は、鬼界きかいしま流人俊寛るにんしゅんかんみたいに浪打際なみうちぎわを足ずりしてうろつき廻り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
凜冽りんれつたる朔風さくふうは門内のてた鋪石しきいしの面を吹いて安物の外套がいとう穿うがつのである。
新年雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
空気と峻烈しゅんれつな純潔との大風が、氷のごとき朔風さくふうが、毒気を吹き払った。嫌悪の情は一撃のもとに、アーダにたいする恋愛を滅ぼしてしまった。
かの旗を黒竜江上の朔風さくふうに翻し、馬を呉山の第一峰に立てみずからアレキサンダー大帝、チムールをもって任ずるは、快はすなわち快なりといえども
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
積雪はくつをうずめ、朔風さくふうは横なぐりに地を掃いて、咫尺しせきもわからない。息はつまるし、睫毛まつげには雪片が氷りつく。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朔風さくふう戎衣じゅういを吹いて寒く、いかにも万里孤軍来たるの感が深い。漠北ばくほく浚稽山しゅんけいざんふもとに至って軍はようやく止営した。すでに敵匈奴きょうどの勢力圏に深く進み入っているのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
余は手袋をはめ、少しよごれたる外套がいとうを背におおいて手をば通さず帽を取りてエリスに接吻せっぷんしてたかどのをくだりつ。彼は凍れる窓をあけ、乱れし髪を朔風さくふうに吹かせて余が乗りし車を見送りぬ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ゴットフリートを見送ってもどって来ると、氷のような朔風さくふうが、町の大門に吹き込んでうず巻いていた。人は皆その強風に向かって頭を下げていた。
折から颷々ひょうひょうたる朔風さくふうの唸りが厳冬の闇をけ、空には白いものが魔の息吹いぶきみたいにちらつきだしていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠途の旅客が朔風さくふう肌を裂き積雪すねを没する万山の中を経過するときには必ず綿衣を重ねざるべからず。実にこのときこのところにおいては綿衣ほど必要なるものはあらざるべし。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
以後、彼の旅路は二十日あまりの山野をいそぎ、やがて朔風さくふう肌を切るような雪もよいの或る日、見わたす限り蕭条しょうじょうとしてよしや枯れ芦の江岸こうがんにたどり着いていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど十二月の中旬なかばである。朔風さくふうは肌をさし、道はたちまちおおわれ、雪は烈しくなるばかりだった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その紅顔の子顕家が、今日の国難にく奥州軍の総帥そうすいだった。思わぬ任地へ来て二年、北国の朔風さくふうに研がれた馬上の子は、その生涯の方向を、いまは誰かに決定づけられていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに、家郷を遠く離れて、はや征野の木々にも冬の訪れが見えだしたところへ——朔風さくふうにわかにふいて、中軍の将旗の旗竿が折れたりなどして、皆不吉な予感にとらわれています。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戦い半ばの頃から大きな牡丹雪ぼたんゆきが降り出して、朔風さくふう凛々りんりん、次第にこの地方特有な吹雪となりだしていたが、今しも姜維の兵は、その霏々ひひたる雪片と異ならず、みな先を争って、陣門の内へ逃げ入り
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)