)” の例文
緑の枝を手折りて、車の上に揷し、農夫はその下に眠りたるに、馬は車の片側にり下げたる一束のまぐさを食ひつゝ、ひとりしづかに歩みゆけり。
たちまち一種の恐怖に襲われて目をくと、痘痕とうこんのまだ新しい、赤く引きった鉄の顔が、触れ合うほど近い所にある。五百は覚えずむせび泣いた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
片隅には天井から網がつてある。其の傍には爹児テエルに児を塗つた雨外套、為事着しごとぎ、長靴、水を透さない鞣革の帽子、羊皮の大手袋などが弔つてある。
引きつてゐた手足のあがきが好くなるだらう。
骨組のたくましい大男で、頭に烏帽子ゑぼしを戴き、身に直垂ひたゝれを著、奴袴ぬばかま穿いて、太刀たちつてゐる。能呂は隊の行進を停めて、其男を呼び寄せさせた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その天井には半ば皮剥ぎたる兎二つり下げたり。初め心付かざりしが、その窪みたる處には一人の坐せるあり。
わたくしは腕が引きる。○それは痛風です。○
主客は一間を取り散らした儘にして置いて、次の間につてあつた蚊屋に這入つて寝たらしい。時計は一時を打つた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
法皇のつはものは騎馬にて門の傍に控へたり。門の内なる小き園には五色の紙燈をり、正面なる大理石階には萬點の燭を點せり。きざはしのぼるときは奇香衣を襲ふ。
己の胸の底へ引きるようにひびく。
水の上には小さい樽が二つ三つ浮いてゐる。水船のある所の上に棚がつてあつて、そこにコツプが伏せてある。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夕飯が済んでから見に行つた。寒い晩のことで、皆毛皮などを着込んで見物してゐる。たうつて来てゐるものなんぞは殆ど無い。そこへ小久大将が来られた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
のきに高くってある鸚鵡おうむ秦吉了いんこかご、下に置き並べてある白鳩しらはとや朝鮮鳩の籠などを眺めて、それから奥の方に幾段にも積みかさねてある小鳥の籠に目を移した。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
兼ての手筈てはずに女の来てちよつとこちらへと案内するは、同じ二階の四畳半に網行燈あみあんどう微暗ほのくらく、の少き土地とて蚊幮かやらねど、布団ふとん一つに枕二つ、こりや場所が違ひませうと
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たけ五尺五六寸の、面長おもながな、色の白い男で、四十五歳にしては老人らしい所が無い。濃い、細いまゆつてゐるが、はりの強い、鋭い目は眉程には弔つてゐない。広いひたひ青筋あをすぢがある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これは爺さんが飼っているので、巣は東側の外壁にり下げてあるのであった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
子供に行水を遣わせて、自分も使う。蚊遣かやりをしながら夕食を食べる。食後に遊びに出た子供が遊び草臥くたびれて帰る。女中が勝手から出て来て、極まった所に床を取ったり、蚊帳かやったりする。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分の願望ぐわんまうはかりも、一方の皿に便利な国を載せて、一方の皿に夢の故郷を載せたとき、便利の皿をつたをそつと引く、白い、優しい手があつたにもかかはらず、たしかに夢の方へ傾いたのである。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
こう云って置いて、石田は居間に帰って、刀をって、帽をかぶって玄関に出た。玄関には島村が磨いて置いた長靴がある。それを庭に卸して穿く。がたがたいう音を聞き附けて婆あさんが出て来た。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)