)” の例文
王の優遇知る可くして、孝孺の恩に答うるに道を以てせるも、また知るべし。王孝孺の読書のに題して正学せいがくという。孝孺はみずから遜志斎そんしさいという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
余ノ吟咏ぎんえいヲ好ムヤ二十年来作ル所千余首ヲ下ラズ。去月望、都下ノ大災イテワガニ及ベリ。炎威惨虐ニシテ百物蕩尽セリ。稿本マタ一紙ヲ留メズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と呟いて、何十年間の道境三昧のを出て、京都紫竹しちく村のたかみねの陣屋で、初めて、大御所にえっしたのであった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さればこの時の風采ふうさいは、悪魔の手に捕えられた、一体の善女ぜんにょを救うべく、ここに天降あまくだった菩薩ぼさつに似ず、仙家のしもべの誤ってを破って、下界に追いおろされた哀れな趣。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
南陽の諸葛しょかつ西蜀せいしょく子雲しうんが亭、何のろうかこれあらんという事もあります。それに御掃除が行届いていて大層お綺麗きれいです。此方こちらにははいがおらんで何より結構ですね。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
州の軍吏蔡彦卿さいげんけいという人が拓皐たくこうというところの鎮将となっていました。ある夏の夜、鎮門の外に出て涼んでいると、路の南の桑林のなかに、白い着物をきた一人の女が舞っているのを見ました。
ふみ万巻まんぐわんをいでゝ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
最初は、断っておられたが、懇請こんせいもだし難く、光秀様も遂にを出で、朝倉家に随身なさる事になった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なにがしと呼ぶ婦人雑誌の編輯人へんしゅうにんしばしばわがひ来りて通俗なる小説を書きてたまはれとふことしきりなり。そもそも通俗の語たるやその意解しやすきが如くにしてまた解しがたし。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「何かのご縁でしょう。将軍は私にめぐり会うべく諸州をさまよい、私は将軍のお招きをかたじけのうすべく今日まで田野のにかくれて陽の目を待っていたのかも知れません」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坂の途中の石垣の土煙はその時んで、秋の大気は澄んでいた。汗をふき、くわの手を止め、百姓たちは、を出る老龍と、ともなわれてゆく鳳雛ほうすうのすがたとを、見送っていた。——
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだ二十七歳でしかなかった青年孔明が、農耕の余閑、草廬そうろに抱いていた理想の実現であったのである。時に、三して迎えた劉玄徳りゅうげんとく奨意しょういにこたえ、いよいよを出て起たんと誓うに際して
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼がを出る日となると、幸村父子が高野のふもとから紀泉を通って、大坂へ入城するまでの間に、途々みちみち、忽ち人数に加わる牢人者が四方からせ参じ、無慮二千余の手兵になっていたといわれている。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、かならず孔明のをお訪ねあそばすように」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……まげてひとつ、を出て、お助けくださるまいか
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
は、蹴放した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)